最後に一目、故郷の浦の近い峰に、月を見たと思いました。それぎり、底へ引くように船が沈んで、私は波に落ちたのです。ただ幻に、その燈籠の様な蒼い影を見て、胸を離れて遠くへ行く、自分の身の魂か、導く鬼火かと思いましたが、ふと見ますと、前途(ゆくて)にも、あれあれ、遥(はるか)の下と思う処に、月が一輪、おなじ光で見えますもの。
泉鏡花『海神別荘』より
前回のテーマが『海の底』で、何か書くことあったかなと考えて、泉鏡花の戯曲『海神別荘』を思い出した。坂東玉三郎が主演、演出した舞台のほうの記憶があった。
著作権が切れたため電子書籍でも無料公開されているので読んでみることにした。積読派の私でも戯曲なら時間もかからず読めそうだと踏んだからだ。
大正時代に書かれた戯曲は漢字も多く、言葉づかいも現代と異なり、気づいたら寝ていた。見通しが甘かった。慣れないことはするもんじゃない。
想定より時間はかかったが読み終えた『海神別荘』の内容をかなりざっくり説明すると、海神の世子である公子と、贄として捧げられた人間の美女、その婚礼の夜のすったもんだである。
設定だけならマンガにも出てきそうであるが、そこは泉鏡花の美しい言葉で紡がれて格調高い。
冒頭の一節は、美女が自身が贄として船に乗せられてからのことを語る科白である。
月夜の海の情景が目に浮かぶような猫写が目に留まったので、ついでに今回のお題に絡めてしまえと紹介した。
『特別な夜』
1/22/2024, 7:30:58 AM