七雪*

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 道は一つしかないのだろうか。
暗く、拓けた土地に幾人もの足跡で踏み固められた一本の道が在る。その先には蛍のように淡く、しかし確かな灯が幾つも集まり道を照らしているのだ。ああ、きっとあそこには幸せがあるのだ。常人にとっての幸せの形が。

 しかし、私の中に一片の陰りが差した。今まで、目を逸らし続けてきた事実が、姿をもって私の前に現れたのだ。かつて、先の見えない暗闇の中、一人の先導者が道を切り拓いた。私は、その道を辿っているだけに過ぎない。私のやってきた事は、ただの真似事だ。私は後ろを振り返る。同じだ。何も変わってなどいない。良く言えば安定した、正直に言えば個性の無い普遍的な道がそこは在った。多くの足跡で埋もれた道。私はこの道を何の疑いも持たずに、只、一心に歩んできた。
 私は、他の道を見ようとはしなかったのだ。

 幼い頃、私が真っ白な世界に描いた、虹を切り取ったかのような色の着いた道は何処へ行ったのだろうか。私の頬を、冷たい風がするりと撫でていった。風は、私の追い風とはなってはくれなかった。途端、視界の端に見慣れぬ蝶々が過ぎった。その姿を目で追うと、蝶は道を逸れた暗闇の中を臆する事なく進んで行く。
 私の足は、蝶を追って駆け出した。そこに、恐怖はなかった。昔、二つ隣に住む友人と、こうして蝶を追いかけたことを思い出す。彼は今どうしているだろうか。私の脳裏には、あの夏の記憶が色鮮やかに甦った。しかし、その情景とは裏腹に、私の耳には静かな波の音が木霊した。

 ふと、人の気配を感じて、背後を振り返る。見慣れた顔が、道の真ん中に立っていた。彼は、此方に気付くと、和かに笑って私に手を振った。がんばれよ、と懐かしい声が風に乗って私に届く。無性に泣きたい気持ちになって、喉が締め付けられた様な錯覚に捕らわれた。溢れそうになる涙を抑えようと、一つ瞬きをすると、彼はもうそこに居なかった。もう、私の後ろに、私を引き留めるものは、いない。私はもう一度、前を向いた。立ち止まりそうになった足をがむしゃらに動かして、蝶の消えた道を走り続けた。背後はもう、振り返らなかった。

 水の弾ける音がして、暖かい陽の光が、私に手を差し出すのが見えた。

4/4/2023, 11:37:27 AM