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天国と地獄
 
 
『まさに天国? その甘さは天使の囁き! クリームパアアアン』

         VS

『地獄を味わえ! 脅威の辛さ! カレーパアアアン』


 私は、パン屋入り口の前に置いてある、新商品紹介ののぼりを見くらべる。
 パン屋はこの商品にかなりの自信があるようで、これでもかと新商品をアピールしていた。
 そしてそれは功を奏していると言えるだろう
 かくいう私も、これを食べたくてこのパン屋にやってきたから。

 私は、自分が大の甘党だという自負がある。
 なのでスイーツハンターである私は、常に話題のスイーツを探している。
 このクリームパンも、日課のネット探索で見つけたものだ。

 しかし不思議なことに、クリームパンはカレーパンと必ずセットで紹介されていた。
 水と油の様に正反対の二つのパンが、である。
 しかもどちらも大絶賛であった。
 特に辛党がクリームパンを、甘党がカレーパンを褒めちぎるのは異常事態。 
 私は辛い物に興味が無かったのだが、他の人の評判を見ている内に、完全にカレーパンを食べたくなったのだった。

 しかし、私も学生の身……
 お小遣い事情は心許ない上、新作のゲームを買いたかったため、来月のお小遣いを前借りまでしている……
 なので両方食べようものなら、来月はひもじい思いをすることになる。

 ではどうしたらいいか?
 ぜいたくな悩みだが、私には秘策がある。
 それは――

「沙都子、どっちもおいしそうだよ。
 別々に買って、半分こしよ」
 『友達の財布を当てにする』である。
 『お金が無いなら、友達のお金を使えばいいじゃない』by私。
 それに沙都子は世界有数のお金持ち。
 莫大なお小遣いをもらっているだろうから、私の心は痛まない。
 
 けど正直、これは賭けだ。
 沙都子は、これよりおいしい物なんて食べ慣れているはず……
 こんなネタに極振りしたような食べ物に興味を持つか?
 私は沙都子の様子を伺う。

「いいわよ」
「いいじゃん、一緒に食べようよ――えっ?」
 自分の耳を疑う。
 てっきり渋ると思ったのだが、まさか了承するとは……
 どんな気まぐれだろうか?

「百合子も半分なんて、けち臭いこと言わないで、たくさん買いましょう。
 もちろん私のおごりでいいわ」
 まさかのおごり発言。
 たくさん食べれる上、パン代が浮く。
 友達にするならやはりお金持ちだな。



 なんて言うと思ったか。
「沙都子、何か企んでる?」
 そうなのだ。
 沙都子が気前の良さを発揮するのは、たいてい私に悪戯を仕掛けるときである。
 悪い予感しかない。

「何も企んでないわ。
 大切な友人の百合子を困らせるような事、するはずがないじゃない」
 しらを切る沙都子。
 普段『大切な友達』なんて言わないくせに。
 これは怪しい。

「それともおごりは嫌?」
「それは……?」
 だが『おごり』という魅惑の言葉に心を揺さぶられる。
 沙都子はイタズラこそするが、嘘をつくタイプではない。
 奢ると言った以上、奢ってくれるだろう。
 けれど、沙都子の『たくさん買ってあげる』という気前の発言はかなり不気味である。

 私は財布の中身と、罠の可能性、クリームパンとカレーパンへの興味。
 私は全ての要素を考慮し、一つの答えを導き出す。

「沙都子、奢って」
「分かったわ。買ってくるから、席取っといて
「分かった」
 沙都子の悪だくみ?
 そん時はその時だ。
 私は沙都子の悪意に負けず、一つでも多くのパンを食べる所存である。

 ◆

「ほら、買って来たわよ」
「あ、ありがとう」
 取った席に買ったパンを持ってくる沙都子。
 だがそのパンの量が尋常ではない。

「クリームパン20個、カレーパン20個よ。
 足りなかったらまた買ってくるわ」
 多過ぎである。
 たくさんとは言ったが、とてもじゃないが食べきれる数じゃない。
 パンはかなり小さめだが、これはさすがに無理だ。

「沙都子、食べきれないし、いくつか返品しようよ」
「うーん、確かにそうね。
 次から気を付けるわ」
「いや、食べきれないって」
「残りは使用人にお土産に持って帰るわ」
「……さいですか」
 どうやら私の進言は聞くつもりはないらしい。
 まあ、捨てるのではなく、最終的に誰かの口に入るから良しとしよう。

 それでは実食。
「「いただきます」」
 まずはクリームパンを食べることにする。
 天使のささやきとは如何ほどか?

 口に入れた瞬間、パンの甘い香りが口の中に広がる。
 そして噛めば、中のクリームが口の中に溢れ出す。
 あまーーーーーーーい。
 これほど甘いクリームは初めてだ。 
 そして後味もいい。
 当たりだ、また食べに来ることにしよう。

「あら、なかなかね」
 沙都子はというと、これほどうまいクリームパンを表情を変えずに食べて――いや、口がほころんでいる。
 どうやら気に入ったようだ。

 さて次はカレーパンだ。
 地獄の辛さとはどういう物だろうか?
 見た目は普通のカレーパンなのだが、食べるの怖いな。
 やっぱやめるか

「あら百合子。手が止まってるわ。
 食べさせてあげる」
「もがあ」
 私が怖気づいていると、沙都子がここぞとばかりに、私の口にカレーパンをねじ込む。
 こいつ人の心が無いんか!

 パンを口の中に入れた瞬間、カレーの香辛料の香りが口の中に広がる。
 噛めば中のカレーが、からぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ。

 いや、辛い。
 辛すぎる。
 発火しそうなほど体が熱くなる。
 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い―――ウマい。

 辛さの果てにうまさがあった。
 さっきの辛さが、最初から無かったかのような後味の良さ。
 そして今日も生き残ったという実感がわいて、安心する。
 こんなのもあるんだな……
 くせになりそう。

 また食べにこよう。
 ああ、でも次はティシュがいる。
 辛さのあまり鼻水が出た。

「あら、まあ、なかなか、ね」
 見れば沙都子がカレーパンを食べていた。
 何でもない風を装っているが、顔が真っ赤だ。
 それでも食べきった後は満足したような顔をしている。

「なかなか良かったね」
「そうね」
「では口直しにクリームパンを」
 あまーーーーーーーい。
 クリームパンの甘さにホッとする
 やはり自分は甘党だと実感する。
 カレーパンも良かったが、何度も食べる物じゃないな。

「あら百合子、今口の中甘いでしょ。
 口直しにどうぞ」
「もがあ」
 カレーパン再び。
「からぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ」
「他のお客さんに迷惑でしょ」
「ほれは、ふりこが(それは百合子が)」
 口に入れられたカレーパンを、嚙んで飲み込む。
 良かった生きてる。

「辛かった? じゃあ口直しに」
 あまーーーーーーーい。
「甘い? じゃあ口直しに」
 からぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ。
「辛い? じゃあ口直しに」
 あまーーーーーーーい。
「甘い? じゃあ口直しに」
 からぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ。
「辛い? じゃあ口直しに」
 あまーーーーーーーい。
「甘い? じゃあ口直しに」
 から……あま?
 からぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ。

 交互に体験する甘さと辛さ。
 ふり幅がすごすぎて味覚がおかしくなる。
 おのれ沙都子、これが狙いか!
 でもこれ以上は無理です!
 常に口の中にパンがあって喋れないので、腕で大きく×をつくる。
 
「ちっ」
 沙都子の舌打ちが聞こえた。
 でも、さすがにこれ以上は無理と判断したのか、パンではなく水を差しだしてくる。
 た、助かった。

「ところで百合子。
 奢ったおれいとして一つ質問いいかしら」
「……何?」
「天国と地獄を体験して、今どんな気分?」
「……そうだね」
 私は、、お腹をさすりながら答える。

「地獄かな。
 食べすぎてお腹痛い」

5/28/2024, 1:50:33 PM