「今年の桜はすぐに散ってしまいましたね。」
あいつはそんな事を少し寂しげな表情をして言っていた。それに気遣ってか俺は
「桜なんて、またすぐに咲いてしまうだろう。」と
今思えば無神経に思える回答に
「ええ、それもそうですね。」
なんて返事をしていた。
棺の中では春だの桜だのに燥いていた頃の姿は見当たらない。本当のあいつなら、周りにある花びらだけですぐ飛び起きてしまうんだろう。
あいつが病床に伏せ始めた頃、お見舞いとしてあいつに会いに行った。病室に入って俺の顔を見るなりあいつは
それはもう元気な声で笑うものだから、拍子抜けしたものだった。
予想通りその後すぐに退院して、家でもやっぱりあの声で笑った。まるであの時の肩の力が嘘のように抜けていくのを感じ取れた。
見る影もなく、今度は静かに横たわってしまった。
「.....」
俺の顔から目を背け、笑う素振りもない。別人のように振る舞うこいつに拍子抜けとは言わないが、何かぽっかりとした穴が空いたような感情になった。
全身の力が入らず、動けない。動きたくない。顔の見納めというのは、こんなにも苦しいものだったのか。
あいつの病が再発して、2度目の病院行きになった時、肩の力は抜けきっていた。あいつはどうせ俺をまた拍子抜けにしてしまうんだろうな。
病室に入ると、そいつは静かに寝ていた。それはそれで拍子抜けであったが、少し心配になり近くで見ると、いつも隣で見ていたあの寝顔と呼吸で
「やっぱりな。」
なんてことを思わず口に出していた。
棺の中は...違かった。
いつもの寝顔ではなかった。
いつもの呼吸もしていなかった。
いつもの体温ではなかった。
口から緩んでこぼれ落ちるのは嗚咽だけだった。
なぜか、容態は悪化していった。
あいつが目が覚めている時ですら、咳や懸命に呼吸する音で笑い声がかき消されていった。
体も痛そうにしていた。食事も喉を通らないようだった。それにあわせて体が痩せていった。
頭の中はいっぱいだった。
気づけなかった。守れなかった。話せなかった。
後悔、ただそれだけがそこに佇んでいた。
直線になったモニターを直視しないためか、視界はどんどんぼやけていっていつしかあいつの姿さえぼやけていって、あの声の元はどこかへ行ってしまった。
「戻ってこい」
なんて言葉を叫んでいたと思う。
後悔の中に、話したいという思いが強く残った。
そこに居ると信じて、枷の着いた口を開き、
思いを垂らした。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」。
その部屋には、これ以外の言葉は響かなかった。
(伝えたい)
2/12/2026, 2:08:18 PM