喪失感
幼い頃から投げられた、言葉の刃。
つまらない、出来損ない、愚か者。
成長して、与えられた使命感。
真面目な子になれ、愛嬌良くなれ、完璧にな子になれ、統率を取れる人間になれ。
それが私の生きる理由だった。それしか、認めてもらえなかったから。
つい数ヶ月前、の話だが。
周囲の人間が、私を取り巻く環境に気付いてくれて、今私は施設にいる。
周りの大人達は、私を責めることは無く、よく褒めてくれた。
友達はあまりいる方じゃないけど、よくお話する子はいるし、その子と話す時は楽しい。
私は、前よりのびのびと暮らせるようになった。
今なら分かる。あの環境がどれだけ非道だったのかということを。
その道から外れる喪失感は、とても甘美に思えた。
それだけなら、どんなに良かったか。
たまに、私の過去が私を蝕む。
本当にこのままでいいのか。
お前の本当の使命は、忘れたのか。
――出来損ないが。
その度に、完璧にならなくては、良い人にならなければ。そう焦る時がある。
私の大半は、あの環境で育ってきた。
つまり、私の考えは、行動のほとんどはあそこの人達によって作られ、与えられ、それらを抱えてここまで生きてきたのだ。
それが無くなった今、私はなくなってしまったのではないか。
それなら、本当の私とは一体――?
非道から外れて進んでいく道はあるはずのものもなく、途方もない喪失感に襲われた。
「あ……」
ぐしゃり。窓から外の道路を眺めていると、不意に、何かがつぶれた音がした。
それは、あとに残った残骸で分かった。
――鳥が、車に轢かれたんだ。
残ったかけらは、あまりにも酷くて。
とても、言葉に表せられない。
私は、走って部屋を抜け、そのまま先程の道路まで駆けつける。大人にバレない裏道なら、もう何度も通ってる。
道路はそこから近い。
大人の人にもらったゴム手袋をつけ、私は鳥のそばで近付いた。
そっと、これ以上壊れないように鳥を持ち上げ、歩道の人が居ないところまで連れてきて、そのまま地面に置いた。
私は、この鳥に深い思い入れがあるわけじゃない。
でも、足元につけられた、跡形もなくなったリボンで分かった。この子は、ぴーちゃんだ。
ぴーちゃんは、私がここの施設にきた時に出会った。
友達と外で遊んでる時、よくここに遊びに来る鳥がいて。仲良くなりたくて、目印になるようにリボンをつけた。
その子が、ぴーちゃんだ。
そのぴーちゃんが、たったこれだけの事で。こんな姿になった。
私は、何も言わずに、手袋をゴミ箱に捨て、さっきよりゆっくり施設に戻った。
戻った時、友達とすれ違った。
「どこ行ってたの?」
その子が私に問う。
「あのね、ぴーちゃん、車に轢かれて死んじゃった」
そう言った時、目から涙が伝ってきた。
「え?ぴーちゃん……え?」
友達は私が突然泣いたのを驚いて、ポケットから勢いよくハンカチを取り出した。
「なんで、泣いてるの?ぴーちゃん、死んじゃったの?なんで?どうして……」
「ぴーちゃん……」
ぴーちゃんが死んだ。
その事実を言葉にしてみると、なんだか、心の中がすっぽり空くような感覚がした。
あんなにも、あっさり死んじゃうなんて。
私は、心にある何かを奪われたような気がして。
それがあまりに勢いよく、代償として涙が溢れている。まるで瘡蓋を取ったみたいだ。
でも、同時に。
これが、あの環境から抜け出した、本当の私がわかる1つの情報となるのなら。
なんて皮肉なんだろう。私は何故か満たされた気がした。
9/10/2023, 12:54:16 PM