NoName

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蝉の鳴き声も止み、鈴虫の声が聞こえ始めると、あの人はふいに居なくなる。
行き先を聞いても、「ちょっとそこまでだよ」としか教えてくれない。
着いていってもいいかと尋ねると少しだけ困った顔で首を横に振るのだ。
そうされるとなんだか自分がワガママを言っているように思えて、「やっぱりなんでもない」と引き下がるのだ。

あの人が帰ってくるのはまちまちだ。
数分や数時間で帰ってくることもあれば、何日、下手したら何ヶ月も戻らない日もある。

その間、私はと言えば。
あの人の連絡を待ったり、美味しいご飯やおやつを作ったり、まぁ、色々のんびりしている。

あの人のことで不思議なことはある。
それはあの人の手土産。写真や絵、ポスカなどだ。

あの人の手土産はいつも夏の終わりの匂いがした。

梅雨上がりの青空と雨に濡れる紫陽花
蒸し暑い夜の空に咲き乱れる花
綺麗な川とその川辺を飛びまわる小さな小さな光

光の消えた屋台
消えかけの線香花火
小さな光が消えたあとの同じ場所

同じ場所、同じ時間なのに違う景色

あの人が帰ってきたらきいてみようか。
きっと答えなんて

「夏の忘れ物を探しに」

だろうけど。


9/1/2025, 4:20:58 PM