俺の世界は、基本的に無彩色でできていた。
無論、ただの比喩表現である。俺は別に色盲でもないし、空の青も、炎の赤も見えている。
けれど、どうにも無味乾燥で、いまいち皆の言うような色の美しさが分からない。夕焼けに染まる空を見たって、色が変わったとしか思わない。色褪せていく花を見たって、片付けなくてはとしか思わない。情緒の無い人間だと、よく言われた。色なんてカラーコードで形成されている、数字と英字の羅列でしか無いと、そう信じていた。
さて、そんな俺であるが、出会ってしまったのだ。美しいと、本気でずっと見ていたいと思えるほど見惚れてしまうような色に。
学校帰り、何気なく歩いていた、普段はあまり通らない道。少し細く、まだ舗装もされていないような道だ。そこに、昔ながらの長屋が並んでいて、ぽつりぽつりと店の暖簾が出ている。一昔前にトリップしたような、なんとも言えない不思議な光景だった。
そこで俺は、白黒と茶色、暖簾の紺や臙脂ばかりが並ぶ地味な街並みの中、場違いなほど鮮やかで、よく目立つ暖簾を見かけた。
喩えるならば、網膜を直で照らすような黄色と、瞼の裏で滾る血を滲ませたような赤。それを、絶妙に混ぜ合わせてできたような茜色。
俺は吸い込まれるように、その店に入った。中は、ケミカルなような、油っぽいような、独特な匂いが漂っていた。しかし、不快ではない。
店をぐるりと見回すと、どうやら画材店らしかった。几帳面に壁の棚に並べられた、小さなチューブの絵の具達。固形絵の具は丁寧に積み重ねられ、上に飾られたサンプルは虹をそのまま切り取ってきたようだった。
俺の知らなかった色が、鮮やかさが、ここに詰まっていた。小さい頃、まだ俺が捻くれる前の頃、玩具屋のショーケースいっぱいに詰まった玩具を見ていた時のような、そんな高揚感が胸を満たしていく。
目の前にパチパチと、プリズムのような虹色の光が爆ぜて見える。気付けば俺は、これまでほとんど使い道も無くて中身が増える一方だった財布を手に取っていた。
家に帰って、がさりと紙袋の中を覗き込む。俺の部屋は相変わらず無味乾燥な無彩色だが、この紙袋の中だけ、あの眩しいほどの鮮やかな色に満ちている。
その日、不慣れな震える線で、しかし確かに楽しげに描かれた1枚の虹が、モノクロの部屋に不格好に浮かんでいた。
テーマ:色とりどり
1/9/2026, 7:21:51 AM