ノミーコ

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 こんな日には、滴る無数の水音なんて耳を澄ましても聞こえないほどに、大きなロックを流し、カーテンを閉め切って、布団に潜り込んでしまうのだ。そうしたならもう、僕の世界を邪魔するものはいなくなる。
 僕は雨が嫌いだ。
 まとわりつく雨音の騒がしさが嫌いだ。雨の匂いも臭くて嫌だ。それだけならまだいいが、加えて、僕の精神の深い深い水底にある心が、とにかく雨を嫌っているのだ。僕にはそれが我慢ならない。もしも僕にとって雨音がすごく心地の良いもので、雨の匂いが僕の精神を安らげるものであったとしても、心が雨を嫌う限りは、僕は雨を厭い続けるだろう。見るのも嫌だ。聞くのも嫌だ。僕は雨が嫌いだ。
「――地方では、ところにより雨と……」午前7時、ニュースキャスターのその平坦な声を聞いた僕は、もう今日が嫌になった。
 雨の日は1日中家にいると決めている。外出なんて以ての外だ。五感の全てから雨を遮断し、空を覆う分厚い雲から目をそらさなければ、とても1日を生きられない。
 左手に握りしめたスマートフォンが震えた。メッセージの通知だ。隣の街に住んでいる、昔同じ習い事をしていただけの、ただの知り合いからだった。隣町とはいえ、かなり家が近かったからか、なんとなく連絡先を交換して、なんとなくよく話すようになった。最近はよくあちこち巡ってはその風景を写真に取っている。あいつも雨が嫌いだ。僕ほどではないようだが、とにかくいつも雨が嫌いだと周りに言ってはばからなかった。
『今日は家の周り。アイスみてえw』
 地平線に向かうほど深みを増す青い空の中で、白いふわふわした雲が一つ浮かんでいる。ソフトクリームのように巻いた形のそれは、雨なんて知らない初々しい白だった。下部には電線と茶色い屋根が写り込んでいる。
 僕は返事をしないままスマホの電源を落とした。
「ところにより雨と――」
 ニュースキャスターの声が耳の中でこだまする。
 聞こえないはずの雨音が聞こえる。
 これ以上は余計なことを考えたくないから、ロックを流すスピーカーの音量を上げて、僕は目を閉じた。

3/24/2024, 7:20:44 PM