真夜子

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【秋】

   この歳になって、初めて季節によって雲の形状が移り変わることを実感した。
 夏に聳え立つ入道雲が姿を見せなくなり、代わりに巻雲(けんうん)と言うすじ雲が空を筆で塗りつぶすように現れ、夕暮れ時にはイワシ雲が赤や金色に染まって郷愁を誘う。
 そのイワシの大群を突っ切る飛行機の白い線が小気味よく、とても美しい。
「空、お好きなんですか」
 土手沿いで会社帰りに空を眺めていたら、不意にそう声を掛けられた。
 相手は女性だった。白いブラウスに黄色のフレアスカートを着た女性は、夕日を背にしているので顔がよく分からないが、とても優しい声だった。
「い、いえ。空なんて何十年かぶりに見上げましたよ」
 そう、子供の頃は良く空を眺めた気がする。
 明日は晴れるだろうか、夕方まであとどの位かと時計がわりに眺めて、友人達との時間を惜しんだものだ。
「そうなんですね。なんだかお詳しそうに見えたから、つい声を掛けちゃいました」
「あ、いやいや……詳しいとかは。さっきスマホで調べた位ですから、全く」
 無教養でして……と、私は苦笑した。
 女性はフフッと笑うと空を眺めた。
「今日はなんだか眺めたくなる空ですよね」
「そうですね」
「もう一度、ゆっくり空を眺められてよかったな、太陽もオレンジ色で綺麗」
「そうですね……」
 そう言ってしみじみと空を眺めた。
 しばらく黙って眺め続けると、夕焼けに紺色が混ざり始めて我に返る。
「……陽が、沈んでしまいましたね」
 秋雲が姿を変えて、逢魔が時に同化していく。
 私は返ってこない返事に隣を見やった。

 そこには、力尽きて項垂れる向日葵が立ち尽くしているだけだった。

9/26/2022, 10:10:02 PM