『寒さが身に染みて』
仕事が早めに終わり、彼女と外食をするため待ち合わせをした駅の改札口前。
日も落ちかけ、体の芯まで冷え込む寒さに身を縮めた。
手足の爪先がジクジクと痛むだけではなく、関節の隙間を縫って冷気が差し込む。
流れてくる風に鼻を啜り、肩をすくめた。
さすがにどこか入るか。
マフラーを巻き直して駅中のカフェに入ろうとしたとき、ダウンコートをもこもこと着込こんだ彼女が改札口から出てきた。
「あっ」
俺と目が合うなり、彼女の眉毛がぷりぷりと釣り上げる。
大きなスポーツバッグを肩にかけながら、容赦なくズンズンと距離を詰めた。
「もーっ、ちゃんと温かいところにいて!」
無実を主張するために、両肘を曲げて降伏宣言をする。
「今、移動しようと思ってたんです」
瑠璃色の瞳を厳しく光らせ、彼女は俺を見上げた。
「ホントに?」
「本当ですって」
過去に一度、うっかり俺が風邪を引いてしまって以降、冬季はもちろん、季節の変わり目、寒暖差が激しい日など、定期的に風邪の症状がないかチェックが入る。
少なくとも中学生以降、風邪を引いた記憶がないらしい彼女が、人の顔色で体調の判断をできるのかは甚だ疑問ではあった。
過剰な心配をかけさせてしまった過去も含めて、わかりきっている地雷を踏み抜く勇気は俺にはないため、その本音はしまっておく。
「まあ、いいけど」
納得したのかしてないのか、よくわからないが見逃してくれたことに、俺はホッと肩の力を抜いた。
そんな俺をよそに、彼女はダウンコートのポケットから使い捨てカイロを取り出す。
両手で何度か揉み込んだあと、彼女は俺に向かって手を伸ばした。
おとなしく彼女の伸びてくる手を受け入れていると、頬にカイロを当てがわれる。
……あったか。
開封したばかりなのか、カイロの熱が強く残っていた。
カイロの鉄特有の金属臭が鼻をさしたところで、彼女の右手を掴む。
彼女はいつも、ハムスターのケースに入れてカイロを持ち歩いていたはずだ。
「ハムはどうしたんですか?」
「ちゃんと持ってる」
即答した彼女は、左手で左側のポケットからハムスターのカイロケースを取り出す。
「むぐぉっ!?」
ペチョッと反対側の頬にハムスターを押しつけられ、両頬が幸せの温もりで押し潰される。
この寒さにこの温もりは染み入る……。
カイロの温もりだけでは満足できなくなった俺は、彼女の背中を抱きかかえた。
カイロの熱と、彼女の甘やかな香りが体に染み込んでいた冷気を溶かしてくれる。
「あー……、生き返る」
「ん、ねえ。苦し……っ」
スポーツバッグが変なところに引っかかっていたのか、照れ隠しではなく本当に苦しそうな掠れた声をあげた彼女に慌てて腕を緩めた。
「おっと、すみません」
「いーけど。れーじくん、冷たい。どんだけ待ってたの?」
「10分も待っていませんよ」
本当は30分待っていたことをとっさにごまかす。
「風が強かったんで、すぐに冷えてしまったみたいです」
俺の頬に、ずっと伸ばし続けている彼女の腕を下ろさせた。
ハムスターのカイロケースを彼女のコートのポケットにしまう。
「それより、本当に今日は寒いので早く飯食いに行きましょう?」
むき身のままでいた使い捨てカイロは彼女の手から抜き取り、そのまま俺が拝借した。
空っぽになった彼女の右手に指を絡める。
「……わかった」
ほかほかと熱の残る彼女の手を引いて、俺たちは強く風が吹き抜ける駅から立ち去った。
1/12/2026, 7:24:08 AM