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夜の海は嫌いだ。
昼間見せていたキラキラ輝く青や、夕日に照らされ凪いでいる赤は飲み込まれ、ただ不安だけを増幅させる黒がどこまでも広がっている。
「夜の海には近づくなよ」
父さんの言葉。
死神の声はきっと、夜の海がたてる波の音に似ている。一度でも海に足をつけたら、あっという間に死んでしまう。
そんな気がした。そんな気にさせた。

「危ないよ」
黒い海に向かって歩くIOに声をかける。
「知ってるよ」
IOは夜の海を、自分の死に場所にしようとしているのかもしれない。波の音が死神の誘いに聞こえているのかもしれない。直感だけど、そう思った。
死神の声が大きくなる。冥界に捧げられる生贄を喜んでるようだ。
「危ないって」
語気を強める。
彼女…IOは、今度は何も言わずに歩き続けた。
身体に当たる夜風が嫌に寒々しい。口に入って塩辛い。わけもなく涙が出た。堪らなくて目を瞑る。
「やめようよ」
「やめた」
死神に連れて行かれたはずのIOの声。思わず目を開ければ、すぐ側にいた。こちらを見上げている彼女は確かにIOだ。
「無理だった」
IOがへにゃりと笑う。
「怖かった」
そっか。
「僕も怖かったよ」
2人でひとしきり笑い合った。僕は半分泣いていて、IOは確かにそこにいた。
諦めたような海のさざなみを背に、僕たちは手を繋いで帰った。

8/15/2023, 11:10:49 AM