bot

Open App

日も沈む時間。俺は以前似合うと言ってくれて、買ったままタンスにしまい込まれていた服に袖を通す。

お気に入りの香水にお気に入りのピアス。どれもこれもあの人が似合う、素敵だと言ってくれたもの。

鏡を見ると、いつもと違う自分がそこに居て少しだけ胸を張れるような気がする。

図書館で図鑑を抱えて、花言葉も調べてあの人に似合うと思った花を包んでもらい道中で受け取って会いに行く。

今日は朝起きてからずっと頭の中はあの人でいっぱいだった。綺麗な指、遠くてもよく通る声。あの人に出会った日から惚れた日を何度も思い出しては胸が暖かくなる。

待ち合わせの時間より数分前に会場に選ばれた店にたどり着けば、入る前に窓の反射で身嗜みを確認する。大丈夫、今日の俺はいつもよりずっとかっこいい。

今日俺は、大好きなあの人にフラれに来た。

告白は出来なかった。ただ同じ教室で話すだけで、後はその背中を見つめているだけだった。
もっと話したかったけど、あの人の目はずっと誰かを見つめていたから。
あの人に恋をしていた俺は恋をしていることに気付いたのに離れる事なんて出来ず、あの人に会う度失恋していた。
何度か深呼吸をして店に入ると同じ学科の面々が迎え入れてくれる。
その中でも真っ先に目がいくのは勿論あの人だ。

「結婚、おめでとうございます」

白花胡蝶蘭の花束を差し出しながら笑う。……俺は上手に笑えているだろうか。
そんな不安も目の前にいる2人は知らずに受け取って笑顔を見せてくれる。
そんな姿に、ぽつりと言葉が漏れてしまう。

「…今、幸せですか?」

その答えはあの人の目と、学校では見られなかった輝くようなその笑みがよく語ってくれた。
そんな姿を見て、俺は悲しかったけど嬉しく思えた事が嬉しかった。



お題 特別な夜

1/21/2023, 12:46:29 PM