題 風に身をまかせ
モシ、モシ、フーライボーをご存知?
⋯⋯ そう⋯⋯ いえ、彼もあなたのように、一つ所に留まらない方だったから。私、あの方に一言お礼を言いたくて、ずっと探しているのです⋯⋯ 。
あら、協力してくださる⋯⋯ ありがとうございます、ありがとうございます。
⋯⋯ 小学生の頃の話です。あの方とは、ここのような小さな公園で出会いました。いつものように赤いランドセルを背負って、同じクラスのAちゃんに虐められて泣きながら帰っていた時、公園のキリンさんの遊具から足が出ているのを見つけたのです。私、ヒトが倒れてる、ってびっくりして、急いで近づいて中を覗きましたら、狭いキリンさんの中に、男の人が体を曲げて詰まっていたのです。よぉく見ていますと息をしているのが分かって、ほっとして、
「モシ、おにーさん、」
って、声をかけたのですが、返事がないのでもう一度、
「おにーさん、風邪をひいてしまいますよ」
って言うと、あの方は、バチッ!と目を覚まされました。そして、
「⋯⋯ オ、おお、夢だ」
って、よく分からないことを言って。のそのそキリンさんから這って出てきました。私と目線を合わせて、両腕を掴まれて、ニコニコ笑って、
「お嬢ちゃんは天使かな、悪魔かな。それとも妖怪か、今回はどうなんだ、オ────イ、カミサマ───、あハアハアハァハ、ハ。答えろよ」
って叫ぶから、私怖くなって、
「あ、あなたが決めていいわ」
って、泣きながら答えました。そしたら、あの人は一寸きょとん⋯⋯ として、
「オレが決めていの⋯⋯ オォ、これは初めてだなァ⋯⋯ 。じゃあメイドさんね、可愛から。メイドさんの仕事はオレをお世話することです。お腹がすきました。あと15分以内に腹が満たされないとメイドさんを殺したくなってしまいます。がんばってね」
って言うから、私急いで家に帰って、おにぎり握って持っていったのです。本当なら警察に行くのが正解なのでしょうけど、掴まれた腕がものすごく軋むものだから、絶対に逆らってはいけない類の人だって本能で分かったのでしょうね。
おにぎりを食べ終わったあの方は、米粒がついた手で私を撫でて、
「ご馳走様でした。いい夢だなァ⋯⋯」
って言うから、私一寸不思議に思って、
「夢じゃないわ、おにぎり温かかったでしょう」
って言うと、彼は吹き出して笑っていました。笑いすぎて咳き込んでいたんですよ。
笑うのに満足したのか、次は、「オレはフーライボー、現(うつし)の夢に沈みー、こっちに来いよーと、坊主をひっくり返すー」と、歌いだしました。
私なぜだか、その歌を気に入ってしまいました。
だから、ダメだと分かっていても、それからもあの方に会いに行ってしまったのです、おにぎりを持って。友達はいませんでしたから、放課後はいつもフーライボーと過ごしました。フーライボーは最初は怖かったけれど、それはお腹がすいていたからで、お腹が満たされるといつも笑ってくれるのです。
フーライボーはいろいろなことを知っていて、たくさんお話を聞かせてくれました。彼が言うには、「メイドさんのお給料も払えないような甲斐性なしなので⋯⋯ 」と、私が楽しいことをしてくれていたようです。
ある時、ずっと気になっていたことを聞いてみました。
「フーライボーはどこから来たの?なんであの時、キリンさんの中で寝てたの?」
って。そしたら、
「オレは現実世界出身だよ。キリンさんの中で寝てたのは、キリンさんがオレのママだからだよ。今回はそういう設定らしいです」
って。よく分からないことを答えられました。
「ここは夢の中なの?つねられたら痛いでしょう」
って、フーライボーの手の甲をつねって聞いたら、
「痛い、メイドさんじゃなきゃ反射で殺してたね。つまりそういうことなんです、ここはオレの思い通りの世界なんです。可愛いメイドさんがご飯を持ってきてくれるんです。長い夢だなァ⋯⋯ 」
って、どう考えても分からないことを言われました。今思うと、常人には理解することなんて到底できない、狂人の域に触れていたのでしょうね。
そうして、フーライボーと出会って2ヶ月が経とうとしていました。いつものようにフーライボーのところに行こうとしていた時、AちゃんとAちゃんの友達に捕まってしまいました。どうやらAちゃんは、私が毎日のように放課後を楽しみにしているのを怪しんでいたようで、フーライボーと遊んでいることがバレてしまったのです。夕方、私は運動場の裏にある草むらに連れていかれて、
「不審者と仲良くしてるなんて怪しいわ、あなたも悪いことしてるんでしょ」
って、怒鳴られて、「土下座しなさい」って命令されました。どうしてAちゃんに謝らなければいけないのか見当もつかなかったけれど、言う通りにしないと痛いことをされると知っていたので、膝を着いて頭を下げました。すると上からAちゃんの笑い声が降ってきて、なんだかすごく情けなくて、涙が溢れました。でも泣いているのを悟られたくなくて、歯に力を入れて必死に息を殺していました⋯⋯ 。
その時、ふっとAちゃんの声が聞こえなくなりました。次に周りの女の子たちの甲高い叫び声が耳をつんざきました。でも私は、全然怖くなかったのです。だって、その声に交じって、私の大好きな歌が聞こえていましたから。
女の子たちの声も聞こえなくなって、私はようやく頭を上げました。そこにはとっても怖い顔をしたフーライボーがいました。
「メイドさァん⋯⋯ オレァお腹がすきました、こんなのはオレの世界じゃないんですが。どうしてくれる⋯⋯ こいつら殺していいか、オレの夢を壊したんだから」
と、フーライボーは怒っていました。お腹がすいているだけじゃない、何か決定的な引き金を引いてしまっているようでした。
「ダメよ、殺すのも痛いことするのもダメよ、お願いします、機嫌直してください、今からおにぎり持ってきますから、ね、ね、お願い⋯⋯ 」
って、私はとにかく、これ以上怒らせないように必死でした。しかしフーライボーは少し悲しそうに眉を寄せて、「もう遅い⋯⋯ 」と、言いました。
「もう遅いんだ、オレの夢は壊れた。オレは夢から覚める、サヨナラだね。最後の給料だ、お前を楽にしてやる」
と言って、意識のないAちゃんを私の前に立たせました。フーライボーはAちゃんを後ろから支えて、
「グーで殴れ。いいか、パーじゃない、指紋が残るからな。グーだ」
と、私にAちゃんを殴らせようとしました。私はそんなことできるわけが無いと首を振ったのですが、
「やらなきゃ殺す。これ以上夢から覚まさないでくれ」
って、懇願されたものですから、私は、覚悟を決めて、フッと息を吐いて、Aちゃんを右から殴りました。
その瞬間、罪悪感とか、申し訳なさよりも、何よりも強い快感を感じました。横に倒れていくAちゃんを見て、「ざまぁみろ!」としか思わなかったのです。フーライボーは満足気に、
「ゲラゲラゲラ、よくやったなぁ、いや愉快です。夢見が良かったなァ、スッキリ起きれそうだ⋯⋯ 」
と言って、「オレはフーライボー、夜の夢に浮かびー、帰ってきたぞーと、坊主をひっくり返すー、」と歌い歌い、フラフラ去ってしまいました。
それから7日後、警察の事情聴取とか、カウンセリングとかを受けさせられたけど、やっと開放されたのであの公園に行ってみました。いつも詰まっていたキリンさんにフーライボーの姿はなく、ジャングルジムの上にも歌うフーライボーはおらず、鉄棒をしてひっくり返っているフーライボーもいませんでした。ちなみにAちゃん達も、酷い怪我をしたのでしばらくは学校に来られませんでした。その怪我のうちのひとつが私に付けられたものなんて、Aちゃんも誰も知らないのです。
それから、私、もしかしたらフーライボーの言う通り、この世は私が寝ている間に見てる夢なんじゃないかって思うようになりまして。それなら私の思い通りになるはずで、そうじゃないとおかしいでしょう。あなたもそう思いますよね、ね。こんなふうに思えるようになったのはフーライボーのおかげなのです。感謝を伝えたいのです。早く会いたくて、仕方がないのです。
5/15/2023, 1:49:52 PM