りおち

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逃げるようにして乗り込んだ鈍行列車は、ここで終点を迎えた。
降りた試しのない駅だ。駅舎を出、外の世界を一目見て、胸の奥でひゅうと冷たい風がなるのを感じた。

駅前の広場は、曇り空の灰を、垂らして塗りつけたような色をしている。人が歩くことのみを想定して作られた石畳の上を、およそ、私の故郷の全人口にあたりかねない、黒や灰のスーツを着た人が、無感情に行き交っている。ここには、湿り気のある土の匂いも、吹き付ける爽やかな風に木霊する枝葉のざわめきもない。歩くたび、不意に落ちている小石ひとつに執着し、目的地まで蹴りながら進むなど、出来ようもない。人のぬくもりなど以ての外。石だ。石と石が、冷え冷えと擦れ合っている。

呼吸を整え、鞄の取っ手を握り直した。
ここでは、私は全くの異邦人である。
井の中の蛙、などと、つい半月前、学校で笑って覚えた諺がある。当時、あれは他人を揶揄し嘲笑うための洒落だと思っていた。
だが、今目の前に聳える、あらゆる窓が同じ形の、雲を割くほどのビル群を見上げたとき、これは笑い事ではない、と不意に思った。私はこれまでの年月を、同郷の出遅れ者を笑い、自分は違うなどと宣っていたが、このビル群が歯牙にもかけないくらい小さな井戸の、光も届かぬ底のほうで、どうやらげこげこ鳴いていただけに過ぎなかった。

8/24/2025, 8:13:45 PM