名前の無い音

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『コインランドリー』

真夜中にコインランドリーに行くのが好きだ
真夜中の空気感がたまらなく好きだ

午前0時を過ぎると
近所のコインランドリーは
ちょっとだけ安くなる

いつもは100円10分だけど
100円12分になる
別に それが目的じゃないけど
まぁ ちょっとは嬉しいなって思う

『草木も眠る丑三つ時』
いつも そのくらいに行く
家から歩いて1分
まさに目と鼻の先

外に出ると 真夜中の空気に包まれる

誰も歩いていない道
車が一台も通らない道
変わりなく 明るい 押しボタン式信号機

誰も居ない……

と 思ったら
コインランドリーには先客がいた

乾燥待ちの椅子に腰掛けて
本を読んでいる

珍しいなぁと思いながら
乾燥機に濡れた服を突っ込む
部屋干し 外干しをしたくないから
乾燥だけをしたい

100円を3枚 36分と表示される

気になるわけじゃないけど
気にするわけじゃないけど

自分も 椅子に座り
スマホを取り出す

家に戻ってもいいけど
このまま 深夜の時間を一人占め……
今日は出来ないか 先客がいる

「……………」
「……………」

話し掛けなきゃ
ただの他人
物語は何も始まらない
そりゃそうだ

その時

ガダガタッ……

一瞬 回りが揺れた

「えっ?」
「あ、地震?」

椅子から立ち上がり
そのまましばらく様子をみる

「……地震ですかね」
「そうですね」

スマホで調べてみると
地震速報が来ていた

「あ、震度2だそうです」
「2ですか?もっと大きく感じましたねー、ちょっとびっくりした」
「そうですね、回りが静かだからかなぁ?」

二人とも イスに座り直す
先客さんが 聞いてきた

「この時間……怖くないんですか?」
「そう……ですね いつもだいたいこの時間です 今のタイミングの乾燥機好きなんです」

先客さんは大きく頷いた

「このくらいの時間 良いですよね 静かだし
最近 このあたりに引っ越してきたんで
ここ24時間やってて いいなぁと思って」

やっぱり 深夜のコインランドリーは
良いですよね
心の中でつぶやいてみる

「お近くですか?」
「すぐ そこです」

ちょっと 笑う
不思議な繋がり
話してみないと 何も始まらない

「地震 怖いですね」
「苦手ですよ 地震」

ピーーー
『乾燥が終了しました』

先客さんの乾燥が終了した

「あ、終わった」

乾燥機から 乾いた洗濯物を取り出している
パチパチっと 静電気の音がする

「なんか……ここの乾燥機 ふわふわ具合がスゴくないですか?私好きなんです」

先客さんが 取り込みながら言う

「そうですね すごくフワフワで気持ちいいですね」

かごに詰め込むと
本を上にポンッと乗せた
そして こっちを向いた

「あの……」
「はい?」
「その……お好きなんですか?」
「え?あ?」
「そのTシャツ……去年のツアーのですよね」
「そう……ですね。良く知ってる」
「実は すごく好きなんです」

好きなバンドのツアーTシャツ
部屋着の代わりに着てたけど
まさかこんなところで……

「まわりに 好きな人がいなくて」
「よく知ってますね!ビックリしました いや 好きな人 初めてあったかもしれません」

真夜中のコインランドリーに響く
ちょっと声が大きかったか

「ライブも結構行ってて……」
「自分も行きますよ」
「うわ なんか 嬉しい」

物語は 変なタイミングで
始まってしまうこともある

真夜中のコインランドリー

ひとりの世界も良いけど
二人の世界も なかなか 少し
楽しいかもしれないって
思ってしまったよ

こうやって 物語は
始まって つづいていく

5/19/2022, 9:43:28 AM