「桜散る…いつかのきみへ」
実家の前の古寺に大きな桜の木が立っている
明治生れの彼女の写真にもう今と変わらぬ姿で写っている、その木は大層なお歳だ。
そう想いながらその木が花弁を散らすのを見ていた。
そういえば生まれたばかりの彼女を抱いた彼女の父が、その危なっかしい手つきで彼女を抱いていた日も木は花弁を散らしていた。
彼女が乳母車に乗ってやって来た日も
ランドセルを背負ってやって来た日も
セーラ服を着てやって来た日も
振り袖を着てやって来た日も
そして
おんぶ紐をしてやって来た日も
夫と息子の入った白い箱を抱いてやって来た日も…。
独り泣きながら
桜散る姿を見上げに来た日も
両手に子供の手を携えて
やって来た日も
大きなその桜の木は
そこに立っていて
見上げる彼女に
花弁を散らしていた
泣きながら見上げたり
微笑みながら見上げたり
微笑み合いながら見上げたり
また、独り見上げたり
苦しみながら見上げたり
腹立ち紛れに見上げたり
彼女は何度も何度も
桜の木の下から
花弁が舞う姿を
眺めていた
やがて月日は流れて
彼女が召され
土に帰り
その木の下で眠りにつき
春が来て
彼女は花弁になって
私の肩に舞い降りた
「おかえり」
彼女の声を
私は確かに聞いた
桜散る午後
久かたの 光のどけき 春の日に
しず心なく花の散るらむ 小倉山荘
2024年4月17日
心幸
4/17/2024, 1:57:43 PM