ゆかぽんたす

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きっとこれは夢なんだ。だってそうでしょう?土曜日は貴方は私に会いに来てくれるはずがないもの。土曜日の貴方は、あの子のもの。それをちゃんと分かってるから会いたいなんて言わないし、変に連絡送ったりしない。ちゃんと聞き分けいい女でいたいから。じゃなきゃ貴方にいつ捨てられちゃうか分からない。それだけは、絶対に嫌だから。
なのに今日、あり得ないのに貴方が私のアパートのドアの前にいる。インターフォンが鳴って、モニターで確認した時は心底びっくりした。本当は嬉しいはずなのに、なんでどうしてとか、きっとこれは夢なんだとか、否定的な気持ちが先走る。普段起こらない出来事が起こるとどういうわけか胸騒ぎがしてしまう。でも、このまま突っ立っていても仕方ないから私は扉の鍵とチェーンを外した。
「やぁ」
知ってる笑顔と声がそこにあった。
「どうしたの?」
「なんとなく、君に会いたくなって」
思いきり抱きつきたかった。だって私に会いに来てくれたんだから。もうこの際どういう経緯でここに来られるようになったかなんてどうでもいい。貴方が私に会うことを選んでくれただけでもの凄く嬉しい。そう思っても、それでも身を委ねようとしなかったのは1つだけ違うものを発見してしまったから。笑い方も落ち着いた声もいつもと変わらない。けれど纏う香りが違った。石鹸のようなその香りは私も彼も持っていない。こんなに清楚で無垢な香水を纏わない。
「今日はなんだか疲れたよ」
彼は言いながら私の家に上がりこむ。もう勝手を知りつくしたこの1LDKの間取りの、洗面所のほうへと足を進める。
「シャワー借りるね」
「……うん」
ここに来る前にあの子と居て、どんな理由か知らないけれど追い出されでもしたのだろう。だから私のもとへ来た。相変わらず都合のいい女にされていると思った。でも、そんなの今に始まったことじゃない。この人のことを好きになってしまった瞬間から、私はただの都合のいい女なんだ。辞められるものならとっくに辞めている。でもできない。あの日から私は、醒めない夢をずっと見続けている。
「お風呂、一緒に入る?」
シャツを脱ぎながら彼が私に微笑みかける。その顔を見るたび夢から醒めるのがまた遠のいてしまう。貴方がそうやって私に悪夢を与え続けるから、今日も私は貴方の望む女を演じてしまう。本当に、馬鹿だと思う。
「おいで」
差し出された手。何の躊躇も無く掴んだ。上体が裸になった彼に抱き締められて勝手に鼓動が高鳴ってゆく。これは夢だと分かっているのに。
でも分かっているからこそ、いい気分を味わっていたいの。いずれ醒める夢ならば尚更。そうなる前に、私のことをたっぷり甘やかしてほしいの。これが偽りの愛だなんて今はどうでもいいから。見せかけでいいから、夢が醒める前に私にたっぷりの愛と優しさと温もりをください。

3/20/2024, 1:35:25 PM