unknown

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名前も声も知らない。
二枚の硝子と遊び場を隔てて、
少しの間笑いあっただけのあの子。
一日のほとんどをすやすやと眠りこけているあの子。
細い管を細い腕に何本も付けたあの子。

それなのに、あしたを信じてやまないその瞳。

ああ、なんて眩しいのでしょう。
ああ、なんて素敵なのでしょう。
ああ、私もあの子のように笑えていたら。
あの子のように満ちた目を見せられていれば。

何かが変わっていたのでしょうか。

それは小さな嫉妬でした。
それは膨れた妬みでした。


 でも、あの子は醜さにしらないふりをしてくれた。

宝石みたいなきらきらした瞳が
遠い遠い私の濁りを捉えるたびに、
あの子はとてもとても嬉しそうに、へにゃりと笑って管だらけの白い手を振るのです。

いつしか私の盛った濁りは澄んでゆきました。
けれど、澄んだ濁りはいつか水にとけてしまうもの。

それは、お別れでした。

ひらり、ひらりと飛んでゆけ。
私の最期よ、小さな彼の瞳にささやかな彩りを。

中庭を挟んで南棟と向き合う小さな個室。
まっさらなその部屋で、不格好な飛行機を飛ばした少女を
はためいたカーテンが包みました。

9/25/2023, 5:59:14 PM