寒い。夏の夜だが、思いの外体が震える。薄手のパーカーだけで出てきてしまったことを後悔した。
辺りは暗く、波の音が聞こえる。それと風の音。蝉の声。喘ぐような自分の声。全部が鼓膜をつんざいて止まない。高鳴る心臓は内側から苦痛を与えてくる。すべてを終わらせてしまいたくて、私はここに来た。
昨日友人が死んだ。突然の訃報だった。特別仲が良かった訳じゃなかった。でも、すごく優しい子だった。
朝の放送で校長先生が淡々と、でも悲しそうに紡ぐ言葉が、私にはあまりにも辛すぎて。息をするのも忘れるほどに、脳が理解を拒むほどに、ただ苦しかった。彼女が死んだ?そんなの、嘘だと思いたかった。ふらふらとした足取りでトイレに向かって、気付いたら泣いていた。
持病があったらしかった。最後のおわかれに、彼女が生活していた家に行こうと思ったけれど、やめた。ただ、お互いが暇なとき少し話をするだけの仲。あの子のことを、私は何も知らなかった。彼女の家にあがる資格も、御両親と顔を合わせる資格も私には無い。
目を閉じると、あの子の笑った可愛い顔を自然と思い浮かべてしまう。別に、親友とかそういう関係になるまでじゃなかったはずなのに。それなのに、彼女がこの世を去ってしまった今、私は胸に穴が空いたみたいだ。どうして、今更後悔なんてしているんだろう。
揺れる波に足を突っ込んで、そのまま歩き続ける。どんどん深くなる海は、私を包み込むようだった。寒い。冷たい。凍えて今にも死にそうだ。目を閉じてそのまま眠りについてしまえれば、もう何も考えなくて済む。
報せを受けたあと、彼女が絵を好きだと言っていたことを思い出した。彼女の絵はきっと、美しくて、素敵なんだろう。それを直接自分の目で確かめられなかったことだけが、私の心残り。
四作目「波音に耳を澄ませて」
7/5/2025, 1:43:27 PM