徒然

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夏の夜風が肌をくすぐる。
夜とはいえここ数日続く灼熱地獄の中では、蒸し暑い空気である事に変わりはしない。

海の家でバイトを初めて1週間。戸建てに15人の泊まり込みの共同生活にも慣れた。
昼間は皆忙しくそして騒がしく働いているが、夜になると至って静かである。
昼間の疲れというのもあるが、一日分以上のテンションを持って仕事に挑んでいるので、夜にまでハイテンションで何かするという気になれないのだ。

風呂上がり、冷蔵庫から出したビールを1つ開ける。
溢れ始めた泡に慌てて口を付けると、独特の苦味が口の中に広がり喉を通っていく。
初めて飲んだ時こそこの苦味が苦手だったが、今では喉越しを楽しむの意味もわかってきた。

「なぁ、つまみ買いに行こーぜ」

声を掛けてきたのは、今回のバイトで知り合った太一だ。歳は俺より2つ上だが、そんな風には思わせない気さくさとコミュ力の高さを見ていると、接客業に向いている人間とはこういう人をいうのだろうと漠然と思っていた。
かという俺は厨房担当。接客をしないわけではないが、料理をしている方が気が楽だ。

しかし、今日はそんな太一が声を掛けてきたのが意外だった。
というのも、今日は隣の浜で飲み会をすると言い、バイトをしてる若手の殆どが行っている。てっきり、太一もそっちに参加しているものだと思っていた。

「あれ、太一居たんだ。みんなと飲み行ったもんだと」
「あーうん。俺ああいうの苦手。酒の席でも、俺は仲良くもないやつとその場のノリに合わせて無理矢理楽しむフリするより、友達とゆっくり缶ビール飲んでる方が好きかな」

その返答に俺は驚く。出会って1週間足らずではあるが、この男はみんなで騒ぐのが好きなタイプなのだとばかり思っていた。
言いながら、冷蔵庫からビールを取り出し飲み始める太一の話を聞きながら、それはつまりオレを友達と思っているという事で良いのかと聞きたくなってしまった。

「そうなんだ。意外」

そんな事聞ける筈もなく、無難な返答をする。
人付き合いが苦手という程でも無いが、友人関係というものを築いて距離を詰めるのはあまり得意ではない。
そのせいで、昔から知り合い以上友達未満の様な関係ばかりが周りに蔓延っている。
なので、いきなり距離を詰めるような事を言われると、どう返すのが正解かわからないのだ。

「よく言われる」

へへっと、ビールの泡でヒゲを作りながら太一は笑った。この無邪気な笑顔こそ、彼が人気の理由の一つだろう。

「行こうぜ、コンビニ。俺ら明日休みだしよ、ちょっと良いツマミと酒買って、足湯の公園で飲み会といこうや」

この暑い中足湯にまだ入るというんだから驚きだ。太一が言っているのは、コンビニの目の前にある道の駅併設の公園のことだ。そこには足湯が付いているとは聞いていたが、まだ行った事は無い。
オレの返答も待たず、太一は二階に上がり自身の財布を持ってきた。部屋に残っている他のバイト仲間に行き先を告げ、オレの背中を押す。

「ほらほら、行こうぜ。急がねーとコンビニ閉まるぞ」
「わかったから押すなよ」

近くのコンビニは24時間営業では無いものの、今は19時過ぎ。そんなに慌てなくてもまだ閉まらないだろう。
オレと太一は残っているビールを片手に、家を出た。

***

コンビニまでは大人の足でも歩いて20分はかかる。
海岸沿いに並ぶ家と民宿の間を抜け下ると、バイト先の海水浴場へと出てくる。
その海水浴場をぐるりと周り、反対側の出入り口から浜を出ると道路に出る。あとはひたすら道路を歩くだけの面白みの無い道だ。

道には所々に街頭があるが、点在するという表現が正しいだ、う。殆ど暗くて何も見えない。
コンビニまでの道すがらに出てくる廃ホテルは有名な心霊スポットだと聞いた。幽霊を信じている訳では無いが、やはり不気味なのであまり近づきたくはない。

それを知ってか、オレがビビるのに気付いてか。太一がホテルの前で立ち止まって指を差した。

「おい、あそこ…。何か白い影見えないか?」
「はぁ?何も見えないけど?」
「いやいや、居るって。ほら…あの木の陰の所…何か揺れてる」

オレが目を凝らすと「わっ!!」と、太一が大きな声を出した。思わずオレも「うわっ!?」と声が出てしまう。

その様子を横でケラケラと笑っている。騙されるとわかっていても、やはりびっくりしてしまうものだ。

「笑い過ぎだぞ」
「ごめんて、あまりにも良い反応するからさ」
「うるせ。ビビリで悪かったな」
「怒んなって、酒奢るからさ。行こーぜ」

こういう事をされても憎めない所も、太一の長所なのだろう。誰でも受け入れ、人当たりが良く、憎めない愛嬌も持ち合わせている。
常々自分とは違う人種の人間の様に思えてならないのだが、何故か気に入られている様で、悪い気がしない。

なんだかんだ話しながら行くコンビニの道のりはあっという間たった。
残りのビールを飲み干し、コンビニのゴミ箱に空き缶を捨てる。

この後太一と飲む酒とつまみを買いに来たのだが、目に入ったアイスが気になってしまった。普段から食べる方では無いのだが、今は甘いものが食べたい気分だ。

「アイス食うの?」
「んー悩み中。ビール飲むし、腹冷えっかなって」
「んじゃオレと半分こしようぜ」

こういう事をサラッと言えちゃう所が、人気の理由なんだろうな。今日はコイツの良い所が沢山目に付き、逆にオレに無いものが浮き彫りになる。

「つまみどれにする?俺のおすすめはこれとこれ…あとこれも買って…洸はどうする?」
「じゃあこれ」
「1つだけ?」
「あと、あっちでお菓子買うから」
「お菓子!忘れてた!俺ポテチ〜」

何をするにも楽しそうな太一が、少し羨ましい。
オレたちはカゴいっぱいに酒とつまみとお菓子を詰め、会計を済ませて店を出た。

ビニール袋が手に食い込む。余っても明日以降飲むだろうと買ったは良いが、いくらなんでも買いすぎた。
酒は袋2つに分けられ、その他の物は1つの袋にまとめて貰ったが、それだって嵩張ってしまって持ちにくい。それをわかってか、3つのビニール袋の2つは太一が持ってくれていた。

「よし、今なら渡れる!」

そう言って道路を走って横断する。
観光地とはいえ、この時間はあまり車が走らない。オレも慌てて後ろを付いて走る。
太一は足を止めず、そのままの勢いで足湯の方まで駆け出して行った。

「重てぇー!」

足湯のベンチに荷物を置く太一の後ろをオレは少し離れて歩いてついてきた。

「走れよー」
「重たいから嫌だよ」
「ノリ悪いなぁ」

オレもそう思う。
ここで一緒に走れる人間だったら、オレも太一の様に人が集まる人間になれただろうか。

「ま、お前はそのままでいてくれよ」
「え?」

オレは聞き返したが、太一は何も言わなかった。

***

足湯はやっぱり暑くて断念した。
少し足を入れてはみたが、蒸し暑さと生温い風に足元から温められる感覚は、とても気持ちの良い物では無い。
オレたちは、そのまま目の前の海岸に出て海辺で酒を飲む事にした。

この時間この浜辺は穴場スポットだ。
酒を飲んで騒ぎたい人間は、他のバイト仲間達と同じ様に隣の浜で飲み明かしている。隣の浜は夜でもやっている店が多く、何処も酒を提供している。
反してこっちの浜は昼間こそ観光客と海水浴の家族連れが多いが、夜は宿に泊まっているか駐車場で夜を開けるキャンパーだけ。騒ぐ人間はおろか、そもそも人自体居ないのだ。
真っ暗な夜の海に酒とつまみを並べる。宴の準備は出来た。

「あっ」
「今度は何だ?」
「アイス買ったの忘れてた」
「あー…」

ビニール袋からアイスの袋を一つ取りだす。食べない訳にもいかないので、太一が封を切り出てきたらチューブタイプのアイスを2つに分け片方をオレに渡した。

「大分溶けてっけど、まだ若干アイスっぽさ残ってる」

触ると確かに、若干のアイス感。とはいえ殆ど液状になってしまっていた。
オレは受け取ったアイスを開け、口に流し込む。

「あんまっ…」

口の中に甘ったるいコーヒー牛乳の味が広がった。溶けてない状態だと気にならないのに、何故溶けるとこんなにも甘さが強調されるのだろう。

「甘ーい!うまー!」

いちいちリアクションが大きい太一が横で叫んでいる。やっぱり賑やかで、オレとは正反対の人間だ。
このテンションについていけるほど元気な人間ではないのだが、何故今日オレを誘い、いつもオレに絡むのか。気になって仕方ない。

ほんのりしゃりしゃりとした氷感が残るアイスを飲みきったオレたちは、ビールに手を掛ける。
つまみを開け、カシュッと音を立てて空いた缶をコツンとぶつけ、互いの今日までの仕事を労った。

「かんぱーい」
「乾杯」

ぐびっ、ぐびっと喉を通る苦味が美味い。
一気に半分程飲み干してから、つまみに手を掛け2人夜の海を眺めながら他愛のない話を続けた。
大学で何を勉強しているとか、今日来た客がどうだったかとか、日焼け自慢にバイト仲間の話。
太一の話は聞いてるだけで楽しく、酒はどんどんと進んでいった。

何本目の缶を開けた頃だろう。
お互いに酒が進み、オレは気になってた事をポロリと口から溢してしまった。

「太一はなんでオレなんかと一緒に居るんだ?」

太一は飲もうと口を付けたビールの缶を口から離し、横に置いた。

「そうだなぁ…楽だからかな」
「らくぅ?」
「ほら、洸は飾らないだろ。見栄を張ったりもしないし、取り繕ったりしない」
「それは…それが出来るほどオレが器用じゃ無いだけだよ」
「だとしてもさ。洸は俺に嘘は付かないから。お世辞も社交辞令も言えないけど、俺はそこが気に入ってる」
「それ褒めてんのか?」
「褒めてる褒めてる!」

ニシシと歯を見せて笑って、再びビールに口を付けてから太一は続けた。

「あと常に機嫌が良い所」
「機嫌が良い?オレが?」
「そう。すぐ怒ったりしないし、常に感情がフラットだろ?」
「単に感情の起伏が無いだけだよ」
「でも、ちゃんと笑う時は笑ってくれるし、
無表情って訳でも無い。常に穏やかなのは、お前の長所だと俺は思うけどな」
「1週間でそこまでわかるもんか?」

「わかるさ。俺は人の顔色ばっか窺って生きてきたから」

その言葉が意外だった。
オレはてっきり素であの明るさと気さくさがあるものだと思っていたのだから、まさかひとの顔色を窺っているなんて思ってもいない。

「意外か?みんなには秘密だからな」

オレは案外顔に出やすいタチらしい。太一はオレの顔を見て笑っている。

「オレはそういう素直な所も良いと思うぜ」

てっきり天然人たらしだと思っていたこの男は、本当は全て計算された仮の姿だったのか。
今までの言動も、行動も、全部がそうなのだとしたら、この男の素顔は一体どんなものなのか。オレはそれが気になって仕方なくなってしまう。
もっとこいつの事が知りたい、仲良くなりたい。そんな風に思える人間に出会えたのは初めてかもしれない。

思えば初めてバイトに来たあの日から、太一とは自然と打ち解けるのが早かった。今日だって、誘ってきたのが太一じゃなかったら断っていたかもしれない。
そういう居心地の良さのようなものを感じていたのは確かだった。
それは、コイツが別世界に生きる人間ではなくオレと同じ様に、不器用ながらに人付き合いをしている人間だと、本能的にわかっていたからなのかもしれない。
そもそも別世界と思っている人間も皆んな同じ人間で、自分が思ってるより、他人は身近なものだったのだろうか。

そう思うと、海の家のバイト仲間達も毎日沢山来るお客さんも、少し身近な存在に感じられた。
苦手だと諦めていた人付き合いだが、もう少し自分から歩み寄っても良いのかもしれない。

「お前は?お前はなんで俺に付き合ってくれるんだ?」

オレの質問にこたえたのだから、次はお前の番だと言わんばかりに、太一は赤くなった顔でオレを見つめる。

「そうだな」

オレは月明かりを反射させキラキラ輝く海を見つめながら言った。

「青春を取り戻したいと思ったから。かな」

太一はポカンとした表情の後、吹き出す様に笑った。

「なんだそれ」
「なんだろうな」

オレたちは顔を見合わせて笑う。
酒の力もあってか、よくわからない事でも楽しくて笑えてきてしまう。

「よくわかんねーけど、青春取り戻すの手伝ってやるよ」
「頼んだぜ。オレの青春はお前の肩に掛かってるからさ」
「責任重大だなぁ」

多分今この瞬間が青春なのだろうが、それは黙っておく事にした。
夏休みはまだ始まったばかり。
この夏は青春を謳歌しようと心に決めた。

#青春と海風 【夜の海】

8/16/2023, 6:33:32 AM