ユキ

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わたしは16歳だった。
いつもご本を買うお店の入ったビルがその日、解体されて新しく建て直されることになった。何年もかかる。

とつぜん、わたしには、居場所がなくなった。友だちもなく、高校生活を何で埋めたらいいのか。

わたしは、呆然と鉄の幕のかけられた、昨日までの楽園があった場所に突っ立っていた。

「よっ」

後ろから声がした。振り返ると、赤い帽子を被った転校生がいた。ジャンバーを羽織っていて、私たちの学校にいるような子じゃない。だから、とても浮いている子だ。

「あたし、ここいら、知らないんだよね。あそこのファミレスで奢るから、街を紹介してくれない?」

たじろいだのは確かだ。この子と話すと、学校でもっと変な目で見られるかも。でも、どうせ、いつでも1人だったじゃないか。わたしは、相手の目を見た。彼女は爽やかに笑う。わたしは少し泣きそうにそれでも笑顔を返した。

といっても、わたしもこの街は、先のビルばかりに行っていたので、何も知らない。

「どういうところに行きたいの?」
「んー、とりあえず本屋。ここにあるって聞いたのに……。ほかに、でかいのあるの?」

一応わかる。そして、案内して、本屋にたどり着いた。昔行っただけだけど道は覚えていた。

「ご本、読むんだ?」
「そうね。読まないの?」

わたしは、自分のバックに入っている文庫本を思い出した。誰もわたしに興味がないから、わたしが選ぶものもつまらないだろうと思っていた。でも、もしかしたら……。

「…………」

わたしは、文庫本の題名を言った。あれ、あの題名が思い出せない。

「好きなの?」
「え? う、うん」

相手は、何も言わずに、すっと本棚に向かった。ああ、そうだろうね、とあたしは思う。なにか、脱力感だけがあった。

「これ」

しばらくして、この子はハードカバーの本を持ってきた。

「これな? その文庫の作家がすげー影響受けた翻訳小説。これを読むと、その作家のこと少しわかるぞ」

わたしは、自分の表情がぱああと明るくなっていくことがわかった。

それから、わたしたちは、ご本の話題を、ずっとした。

相手は本当にファミレスで奢ってくれた。わたしは、ドリンクバーを頼んだ。相手はハンバーグだった。

「また、会える?」

わたしは、恐る恐る、聞いてみる。

「学校でも会えるじゃん。なんなら、放課後にも」

メロンソーダをずずずっと飲んで、わたしは胸をキュッと閉める奇妙で苦しい、でも幸福感のある衝動を、持て余すように、しかし、歓迎して感じていた。

わたしは16歳だった。
彼女はいま、大学で博士号を取るために頑張っている。
わたしは、ある企業で働いていて、いずれ独立するつもりだ。
あの日があったから、わたしは歩んで来れた。

11/13/2024, 7:31:27 PM