-お前はどこまで行っても人斬りの刀だ。どこに居ようが、その事実はかわらねぇよ。
鏡の中の自分が嘲笑う。わかってるさ…んなこと、言われねぇでもよ。俺は血に塗れた刀、それ自体は変えようのねぇ事実だ。
そう思いながら俺は嘲笑う鏡の中の俺を拳で殴る。静寂の中、鏡の割れる音が響き渡る。散らばった破片をぱきりぱきりと踏みつけた。
「俺は俺だ。やりてぇようにやるだけだ。」
ふと意識が浮上し、目を開ければそこは先ほどの鏡の部屋ではなく平和ボケした本丸の中庭の景色が広がる。先ほど殴った拳を見ても傷一つついちゃいねぇ。どうやら夢を見ていたようだ。
「肥前ー!あんた馬当番でしょ!こんなとこで呑気に昼寝なんていい度胸してんじゃない。」
「あ?俺に馬の世話なんてさせるんじゃねぇよ。」
「当番は当番!そんなこと関係ないの!ほら早く行くよ!」
やかましい声と共に現れたのは俺の新しい主人。うるせぇ女だ。
だが、存外ここでの生活は悪くねぇ。飯はうめぇし、それに…。
-別に斬りたくないならしなくてもいいよ。無理強いをするつもりはないから。肥前のペースですればいいよ。
こいつの言葉がすとんと胸に燻る靄を突き抜けた。俺の中で踏ん切りがついた気がしたんだよ。あの時とはちげぇ、俺は動ける身体を手に入れた。俺のしたいようにしていいと言われた気がした。
そん時から、あんたのためなら血に塗れてもいいって思えたからな。
ぜってぇ口に出しては言わねぇがな。
168番 肥前忠広
11/3/2022, 11:23:50 PM