フィクション・マン

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『二人だけの。』

俺には友達がいた。たった一人の友達。名前は智樹。
智樹とは小学生の頃はよく遊んでいたものだ。それは今でも覚えている。
しかし、中学になると共にあいつは俺の元から去ってしまった。やはり、向こうにも新しい友達が出来たからだろう。仕方がないこと。
しかし、その時の俺は……アイツに依存してしまっていたのかもしれない。
去ってしまってからは少しだけ寂しいような気持ちになって、憂鬱な日々が続いていた。もう遊ぶわけないよな。アイツにも友達が沢山いて、俺もその中の1人なんだから。

俺はとある日、ゲームの中古ショップに寄った。新作のゲームを中古品でもう売られていないかなぁと思っていたからだ。
六千円くらいで買えたらいいが…と探すと、とある中古のゲームを目にする。
「……これ…確か……」
前のゲーム機のものなのだが、そのゲームは俺と智樹でよく遊んでいたものだった。
「うわ…懐かし……」
小学三年生の頃。ランドセルを置いてゲーム機を持って公演でやっていた時の記憶が一気に蘇る。その時に見たひつじ雲の夕焼けは今でも脳裏に刻まれている。
こんなものを持って眺めてるのも恥ずかしいなと思いそっと戻す。
……そういえば。
そう思い、俺は中古ショップから飛び出して家に帰り、部屋の中の机を漁り出す。
「……うわ、まだ持ってたのか」
それは、ゲームのカセット。智樹から借りた、結構前のゲームのカセットだ。
いつか返そう返そうとしているうちに、俺たちは成長してしまった。お互い、あの時のような関係は二度と戻らない。
俺は、そのゲームカセットを机に置いて椅子に座って思い出にふける。
確かに仲は良かった。智樹とはな。でも俺とアイツは喧嘩ばかりでもあった。けれど、次の日にはケロリと仲直りしてまた遊んでいた。そんな感じがずーっと続いて…でもよく、小学六年生まで友達を辞めようとしなかったよなと少し笑みを浮かべる。
部屋で一人、カセット見て何にやけてんだか。自分に馬鹿馬鹿しくなりつつ、俺はそのカセットをまた引き出しに戻そうとしたその時だった。
部屋のドアをノックする音。
「はーい」
「あ、海斗?ちょっといい?」
「なにー?」
「あのね、玄関で野崎君が懇談会の紙を持ってきてくれてたみたいよ」
「えっ」
嘘?智樹が?俺は耳を疑った。なんでわざわざ智樹が俺ん家に紙を私に来てくれるんだ?アイツは俺とは関係ないだろ。
俺は黙り込んで、母さんが受け取ってよと答える。
「でも…顔ぐらい合わせたらって。どうしても嫌なら私が受け取るけど」
そう言われると……アイツの顔、久々に見る気がする。大して変わってないと思うが。少しだけ考えて、嫌だけどもうどうせ会わないと思って俺は承諾した。
「わかった。じゃあ会う」
「じゃあ母さんリビングに戻るわね」
そう言って母さんは階段を降りていく。
机に置いてあるゲームカセットを見て、俺はそれを何故かポケットに隠した。
俺は部屋の扉を開けて、一段一段慎重に階段をおりる。会いたくねー。こんな格好で。
ボッサボサだし、寝巻きの姿だし。
ため息を吐きながら、玄関のドアに到着。いる。人影が見える。自分より少しだけ身長が高いアイツが。
俺は恐る恐る扉を開ける。
「……………………あ」
「…………………………………おう……」
ドアをゆっくり開けたせいで気付かず、相手が気付くまで俺は何も言えなかった。そして、目があわさってようやく挨拶を交わす。気まずい。
「……元気…してた?」
「…………んー……」
「お前…クマすごいな」
「…………」
やばい。何も返せない。あんなにも仲良くしていた友人なのに。そのはずなのに。
俺が何も言えず、下を向いていると、智樹が紙を指しだす。
「ほら、先生からだってよ」
「………ありがと」
俺がその紙を手にしてさっさと扉を閉めようとすると智樹が俺のことを呼び止める。
「おい…いつ学校来るんだよ」
「………」

今日で三ヶ月以上休んでいる。
行きたいわけがない。行けるわけが無い。行ったって意味がない。
歯を食いしばって頑張った中学校生活は、俺にとっては地獄そのものだった。
人の目を気にして…皆に授業での失敗を笑われて馬鹿にされて、孤立して…そんな中、仲良くなったかな?と思い始めた友人に実は陰口を叩かれていて。
本当に、誰も俺の味方なんか一人もいなかった。
決定打となったのが…告白されたこと。
どうせイタズラだと思って振ってみたらそれが本当にまじだったみたいで…どこに俺の惹かれる要素があるのか何も分からなかった。
「大してイケてねーくせに振ってんじゃねーよ」
「優しいらしいってのは、嘘みたいだな」
「まぁ男なんて女のこと顔でしか見てないだろ」
「アイツも大した顔じゃねぇだろwww」
俺のことを好きと言ってくれる子を振ろうが振らまいが、結局こうなるんだろうなと想像できた。
そこから、悲観的に物を見るしかなくなって、学校に通うことも無くなっていった。
鏡を見ると、まるで別人だった。クマはできるし顔色も悪いし肌も荒れてるし。
熱もないのに倦怠感で、学校に行けば必ずトイレに通っていた。お腹を壊す俺のことを、皆はトイレと友達なんかと馬鹿にしてきたよな。
一週間以上学校に行かないでいると親が診療内科に連れてってくれてた。
鬱病の診断が出た。
そりゃ。そーだよな。
自分は、病気だ。だから行く必要無いやと開き直るようになり、俺は一人で溜め込んだ小遣いを浪費する毎日だった。と言っても、ゲームだけなんだがな。
親はそんな俺を指摘しない。
来いと願ってくれる友人もいない。
行ったところで、徳など何も無い。
俺は、一生このままだろうなと思っていた。

「公園に来てくれ」
「……………は?」
「……お前に渡すもんあるからさ」
そう言って、智樹は待ってるとだけ伝えて颯爽と去っていく。俺が何かを言おうとした時にはもう居ない。
「……ええ…すっぽかそうかな…」
なんて、行かない気でいる自分がポケットに手を入れるとゲームカセットを入れていたのを思い出す。
……なんで俺、入れたんだっけ。特に理由は無い…はず。
でも……いや…………本当に意味なんて。
俺は、公園に出かける準備を最短で済まして、家から出る。空は、あの時、智樹と見たひつじ雲の夕焼けだった。
この景色が、懐かしく思えてくる。
ため息混じりで家の近くの公園に行くと、公園のベンチ腰をかける智樹の姿が。
「……お、きたきた」
智樹が俺に手を振る。
俺がゆっくり智樹に近付くと、智樹が自分からベンチに立って俺の方へ歩み寄る。
「……来たんだなまじで」
「…………で…何のようだよ…」
俺が智樹の目も合わせれずにいると、智樹が俺の前になにか差し出してきた。
なんだろうと思い、それに目をやると、それは小学生の頃に持っていたガチャガチャだった。懐かしい。
「……前にさ、ショッピングモール行った時に見つけたんだよ……懐かしいだろ」
そう言って微笑む智樹。
「……これ、お前と遊んでた時…俺うっかり壊したろ。今更かもしれないけど…あん時壊しちゃったやつ…これで許してくれるか?」
確かに、智樹に壊された記憶はあったが、言われるまでそんなの一つも覚えていなかった。何年前の話だよ、と思っているものの、俺は何か、込み上げてくるものがあった。
なんだろ。優しさなのかな。
智樹の優しい笑顔を見て、俺はたまらず目から涙がこぼれ落ちた。
「やば」
「!」
智樹が泣く俺に驚いてたが、すぐ顔を隠して涙を拭う。
「ん……ありがと……うれしいよ」
そう言って、今にも零れ落ちそうな涙目で智樹に伝えると、智樹は悲しい顔をしていた。どうしたんだ?と思い俺が智樹のことを見ると、智樹は夕焼けの方向に顔を向けた。
「……お前がさ、休んだ時…っつーか…休む前のときかな。俺、お前のこと助けられなかった」
智樹は少し震えた声でそう言った。顔は見えないけれど、俺はその場で智樹の後ろ姿を見つめていた。
「お前がさ………皆からやな事言われてんの知ってたんだ。でも……助けられなかった…だって、仲良くしてるヤツらもお前のこと言ってたから。
俺は……だから俺は……そいつらにやめろなんて言えなかった」
俺は、頷いた。
「……仕方ないよ。大丈夫」
俺がそう言うと、智樹が俺の方を見る。涙目だ。コイツも、泣きそうになっていた。
すると智樹が、土下座をしてきた。
「えっ!!!!ちょ……!!!」
俺があたふたしてると、智樹はごめんと強く謝った。
「本当にごめんッッ!!!!お前の事裏切ったことして!!!俺は何も分かってなかった!!!お前の痛みも気持ちも…!!全部…全部っ!!お前のことっ…なにも知らな、いくせにさ…!!!
弱かった…臆病だった…友達だって言いながら、お前を、ひとり地獄に置いて……!」
俺は、そんな智樹の肩に手を置いた。
「……顔、上げてよ」
智樹がゆっくり顔をあげる。涙でいっぱいの、間抜け面。泣かなくても、いいんだよ。
「……誰だって、誰かに嫌われそうになった時……怖くてそうしてしまうと思う。
俺も……多分そうするかもしれなかった。
だから、もう謝らないでほしいし、自分を責めないでほしい」
優しい顔でそう微笑む海斗。
そう言うと、海斗がポケットからゲームカセットを取り出す。
「……これ、覚えてるか」
「……これ……」
「あん時貸してくれたやつ…ずっと、返せなかったけれど……こんな形で返す感じになっちゃったけど……」
ゲームカセットを手にして、智樹は涙を拭いながらありがとうと鼻声で答える。
「……遅くないよ。大丈夫だ…ゲーム機、どこやったか分かんないけど」
「はは、結構前だしな」
二人して涙声で笑う。こんな照れ臭い、二人して公園で…夕焼けの空の下で、何微笑んでるんだか。他者がみたらドン引きだろうよ。
なんて思っていても、俺は智樹と話せたことに喜びを隠しきれなかった。
智樹が、そのゲームカセットをポケットにしまい込んで立ち上がる。
「……お前にしてしまったこと…絶対許されることじゃないけど…。でも、それでも、もう、お前を裏切らない。もう一度だけ……信じて欲しい」

海斗を助けられず、皆と一緒になって、海斗のことを見て見ぬふりをしてしまって、その結果…智樹は居なくなってしまった。空の席を毎日眺めて、後悔する日々。
助けていたら。少しでも話しかけるゆうきが俺にあったならば…アイツはきっと、ここにいるんだろうな。
そう考えてる智樹もまた、小学生の頃の記憶を思い出していた。
楽しく遊んでた日々。アイツは変わらず元気で、俺をからかうこともあった。俺もアイツをからかって、変な感じになって喧嘩したりなんかして、でもそれがめっちゃたのしくて。
思い出して、苦しくなる。
そんな時に先生が彼に届けてくれる人。と帰りの会で言う。
ウザイ奴らは「誰だよそいつwww」と小馬鹿にして笑っていたが智樹が手を挙げて俺がアイツに届けますと言う。
みんなびっくりして、海斗にやめておけとばかり言う。
「どうせ届けてやったところでこねーだろあんなやつ」
「保護者会って…まともに来てないのに成績絶Cだろwww」
「見た目も馬鹿っぽいしなwww」
耐えられず、智樹はヘラヘラ笑うそいつらの机を蹴って、怒鳴り込んだ。
「うるせぇよ!!!!!!!!!」
そう言って、静まり返る教室。ソイツらも、流石にびっくりしたのか黙り込む。
「なんにも知らねぇで…勝手な考えでアイツの悪口言ってんじゃねぇよ!!!!!!」
そう言って、帰りの会をすっぽかして教室を飛び出す。このまま、届けに行こう。
そして、謝るんだ。海斗に。

勝手だよな。こんなこと言って。と、思う智樹だったが、智樹の言葉に、海斗は頷いた。
「……それが、条件だな?」
「……え?」
「……俺が、学校へ行く条件だな」
「……え…お前…本当に言ってんのか…?」
智樹は驚いた表情で聞いてくる。俺はまた頷く。
「明日からな…」
「明日!?」
「うん」
「……はは、ははは!!マジか!!!」
聞いてくる智樹に何度も俺は頷いた。
「やった…!!!まじでか!!ははは!」
智樹は、本当に本気で心の奥底から喜んでいた。
「明日、一緒に登校しような!!!」
そう言ってにかりと笑う智樹。

帰り道、ふともう一度夕焼け空を見上げる。
淡いオレンジの光を浴びたひつじ雲達は、その日しっかりと二人の友情を確かに見た。


…成長してしまったのは、お前だけなのかもしれない。

7/15/2025, 9:13:09 PM