「なーに?」
人混みの中、私は声を張り上げる。彼は遠くにいるわけではない。すぐ隣にいる。声が小さすぎるのだ。
電車間に合うかな。もう門限ギリギリなのに。
早く別れたいわけじゃない。授業のグループワークを言い訳にして彼を一日誘い出したのは私のほうだ。
二人で図書館で勉強したりカフェでお話したり、偶然やってた福引きを一緒に回しちゃったりなんかして、一等のちいかわの巨大ぬいぐるみが当たったらどっちが持って帰るか相談したりして、本当に当たっちゃうかもなんてワクワクしてたら結局ただの参加賞で、ポケットティッシュ二袋入りをもらって、彼はちいかわのイラストのある方を私にくれて。
なんだか今日一日だけ、本当に付き合ってるみたいでさ。すごく楽しくてさ。ここで別れたら、今日のことが夢みたいに消えちゃいそうでさ。
でも彼を困らせたくはないし、今日は良い日だったから良い日のままで終わらせたかったし、だから明るく「じゃあね」って別れようとしたら、彼がもごもご何かを言っている。
普段から声の小さい彼が、さらに小声になるものだから、全然聞こえない。
私は片耳に手を当て、背伸びをして、彼の方に耳を近づける。
彼はまた何かを言っている。今度はちょっと早口で。なにか言い訳をしているようだ。しかしやはり聞こえない。
「なにー?」
背の高い彼は身をかがめて、私の耳に顔を近づけた。
「アヤカさん」
彼の声が、近い。
「は、はい」
ちょっとでも動いたら、彼に触れてしまいそうで、私は身を固くする。
「好きです」
えっ。
思わず振り返る。照れくさそうに笑う彼と目が合う。
【お題:別れ際に】
9/29/2024, 10:22:17 AM