もんぷ

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遠くの空へ

 快晴。そこまで早く起きなくても良いのに窓からの光で目が覚めた。いつも夜遅くに帰るからカーテンの存在なんてすっかり忘れていたのが悪かったのか。少し良いのを買ったつもりだった遮光カーテンは端に寄せられていて自身の役割を成し遂げていない。寝起きの暑さの不快感に冷房の温度を下げた。さーむーいー!なんて甘ったるい声を出しながら布団にくるまる誰かがいないから適温に。エアコンのリモコンを置き、代わりにテレビのリモコンを手にとって電源を入れる。ニュースでは、暑さ指数や熱中症対策について話すキャスターは爽やかなワンピースを身に纏っている。都心ほど深くは説明されなかった県の天気にふと目を通して天気アプリを開く。現在地、自宅の区、からスライドして表れたのはここから何十キロも離れた場所。その場所の天気が警報が出るほどの雨だと理解して携帯を閉じる。電子タバコを取り出して、息を吐く。肺も冷たくなる感覚に少しほっとした。一息ついた途端に窓の外から聞こえる蝉の音がやけにうるさく感じ、あまり興味はない野球のニュースの方の音量を上げる。窓の外もニュースの中も綺麗な青空が広がり夏本番を感じさせる。今この瞬間にあっちは大雨が降っているなんて信じられない。あの場所にいるであろう人に「雨大丈夫?」なんていう連絡を送ろうと打ち込んでやっぱりやめた。

「ごめん」
文面で見る、堅苦しくとも簡潔な三文字。送信ボタンを送ろうと思って、薄い煙と共にため息を吐く。だって自分は悪くない。仕事が忙しいのは分かってくれていると思っていたし、会える時間が減っていたのは痛感していたけど、寂しいのはこっちだって同じだった。働かなくて一緒にいられるならそんなに最高なことはないけど、一緒の家に帰れるならそんなに幸せなことはない。けど、自分の帰る第二の家と呼ぶには、どう考えても遠すぎるその距離と時間に遮られて会う回数は制限される。一緒に暮らすために働く。二人の将来のためにお金を貯める。あっちもあっちで頑張っていることは知っている。会えなくてもLINEも電話も毎日欠かさないようにしていたから、だから大丈夫、寂しくないなんて言い聞かせるように考えていた。本当に久々に会えたのにあんなひどい喧嘩になるなんて思わなかった。会えなかった分こじらせていた思いをお互いがぶつけあうだけで、まともな話し合いもできずに後味悪く帰った新幹線から一週間。連絡が止まったLINEの画面を見る。全てが嫌になって、もう一度布団に倒れ込む。思考を放棄しようとしたけどまだ窓から差し込む光が眠気をゼロにさせる。遠くの方まで雲一つ見えない。

 ふとポップな通知音が耳に入る。さっきまで開いていた画面には新たな文面。

「きてよ」

 そのメッセージは簡潔な三文字なのに寂しそうな雰囲気をひしひしと伝えていた。あっちは雨で警報出てるのに、新幹線動いてるのかな…なんて考えるよりも前に予約のアプリを開く。ええと、お詫びのスイーツは駅で買うとして、家から駅までこれぐらいで行けるか。よし。財布、携帯、傘とタオル。あとは…もういいか。そんなことより早く行こ。日傘の機能は無い大きな雨傘を手に持ち、駅までの道を歩く。ちゃんと話そう。素直に謝ろう。あっちが勇気を出してくれたんだからこっちが答えないのはダメだ。今行かなければ全てが終わってしまう気がしたから。いつか、そんなこともあったねと笑いながら話せるように。そうやって話しながら隣にいられる幸せを噛み締めることができるように。

8/17/2025, 5:51:58 AM