作家志望の高校生

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体感氷点下の部屋で、コポコポと小さく泡の音を立てる、何もいない水槽をただ眺めている。金魚も、メダカも、巻き貝さえいない。生きた水草も植えられていない。プラスチック製の、おもちゃのような風貌をした水草もどきが入っているだけの水槽は、薄暗い室内の唯一の光源だった。
意味もなく回されているフィルターやポンプの立てる水音は、無為に時間を過ごすにはぴったりな暇つぶし。
この部屋を見たことのある数少ない友人からは、何か飼わないのかと何度も聞かれた。その度に、僕はこう答える。
「自分一人でも上手く生きられないんだから、生き物の世話ができるわけないよ。」
小さい頃、無邪気な遊びの途中で踏み躙った昆虫達をふと思い出す。あの頃はまだ純粋で、大人になったら夢が叶って、自由に好きなことをして、完璧に、間違いなんてせずに生きていけると思っていた。でもそんなのは幻想で、現実は中卒引きこもりのフリーターだ。
そう、僕は高校に行けなかった。受験に落ちたわけでも、高校を諦めてまでしなければならないことがあったわけでもない。
単純に、心が折れた。ただそれだけである。
受験期の中学3年生、僕は元々、地元ではそれなりに頭のいい私立高校を志願していた。成績も上々で、このまま普通に進めばまず落ちることはない程度の点数も取れている。
しかし、大人たちから見てみれば、まだ僕には懸念点があったらしい。
僕は数学が頗る苦手だった。小学校の算数からずっと嫌いだったので、おそらくそもそものセンスが無いのだろう。担任の先生も、両親も、皆して僕の数学の点数を不安がった。数学のテストを見せる度にもっと勉強しろと言われ、懇談会でもずっとその話。他の教科は、ほとんどが学年順位一桁台に乗れるほどの点数なのに。
それから僕は、小さなことが一々気になるようになって、何もできなくなった。好きだった国語も、課題をやるのさえ辛くて動けない。ペンを取ることが、何よりの苦痛に成り代わっていた。
僕は、この世界が、たった一つの間違いさえ許されない世界が、あまりに息苦しくて堪らない。世界自体が何より不安定で不透明な癖に、社会の歯車たる僕たちには均一な品質を求めてくるのだ。鬱陶しいにも程がある。
そんな、真綿で編まれた地獄のような世界にいるくらいなら。僕も、この空っぽの水槽みたいに、枯れない、死なない、壊れない。変化もなくて、冗長で、つまらない。そんな安寧に満ちた世界に生きたかった。
水槽の中のつくりものの生命は、つくりものの紫外線に照らされて、ただ水流に靡いていた。

テーマ:この世界は

1/16/2026, 8:06:09 AM