クローゼットを開けると不意に何かが降ってきた。
床に落ちたそれを拾いあげ、軽くほこりを払う。
それは同居人が夏の間使っていた麦わら帽子だった。
「·····」
猫の額ほどの庭だが、同居人はそこでの時間を割と気に入っているようだった。
伸びてきたひまわりに水を撒く横顔。
しゃがんで草むしりをする後ろ姿。
蝉の死体を見つけた時の、小さな声。
季節が変わっても小さな庭には何かしら花が咲いていて、彩りを添えていた。仕事の合間に時々庭いじりをするのが彼の気晴らしになっているらしい。
私はといえば、自分では直接何かを育てることはせずもっぱら彼の手伝いをするだけだ。
最初に植えたチューリップが咲いた時の、彼の微笑が忘れられない。
その時私の心に初めて浮かんだ、あたたかくやわらかなものの感覚も·····。
窓へ向かう。
冬の庭には小さな薄赤い花が咲いている。
彼に名前を聞いたが忘れてしまった。細いリボンのような花びらが冬の風に揺れている。
休みの日にはまた手入れをする彼の姿が見られるだろう。
「ただいま」
続く名を呼ぶ声に、振り返る。
真冬に部屋の中で麦わら帽子をかぶる私に、同居人は目を丸くして·····次の瞬間弾けたように笑った。
END
「帽子かぶって」
1/28/2025, 4:17:37 PM