ぜんぶ忘れてしまいたい
そんな無責任なことばかり言って何もしないあなたにイライラした。そして可哀想な子だと思った。だから泣いてうずくまるあなたの肩を抱いて何度も言い聞かせた。
「上手くいかなくたっていいんだよ。あなたは頑張ったのだからそんなこと言わないで」
あなたは涙でぐしゃぐしゃになった顔でぎこちなく笑った。ようやく伝わったのか、これで楽になる。思わず本音が出そうになるのを慌てて飲み込んで、今日はもう遅いから帰るねと伝えて何かあれば連絡するよう念をおした。
次の日まで一切連絡はなかった。あんなにやつれた顔をして寂しいと泣いていたのに。なんだかモヤモヤした不安が胸中に広がっていく。だが、今日は大切な会議があってどうしても休めない。
とりあえずメッセージだけ送って家を出た。
会議が終わった頃、またメッセージを送った。今朝送ったのには既読マークがまだついていない。それがさらに不安を大きくした。電話をする。出ない。もう一度する。やっぱり出ない。
今日も会いにいかないとダメか。ガクリと肩を落としてため息がこぼれた。確かに好きだ愛してるとは言ったけど、こんなに面倒くさい人だとは思わなかった。たかだかつながりの薄い親戚が亡くなっただけで本当に面倒くさい。
会いたくない気持ちが強くなって知らず知らずのうちに残業までしてしまった。職場の人たちも疲れた顔をしていると心配してくれた。大丈夫だと返そうとしたときだ。
職場に電話がかかってきた。同僚がそれを受ける。
こんな時間に電話してくるなんていくらクライアントでも失礼だ。また残業が伸びるのか、とまたため息をつく。
でもちがったらしい。電話はクライアントじゃなく警察からだった。どうやら自分に用があるらしい。少し緊張しながら電話を代わった。こんなこと初めてで手が震える。
―亡くなりました
その言葉だけがやけにはっきりと聞こえた。浅くなっていく呼吸で息苦しくなりながらも、どうして、と掠れた声で問う。警察官は静かに淡々と詳しく説明してくれたが、どうにも自分が原因ではないかと責められているような気持ちにさせられた。怒ればいいのか、悲しめばいいのか。何も言葉が出てこなくて、促されるまますぐに警察の元へ向かうことになった。
諸々の事情聴取などをうけてからようやく亡骸をみた。
穏やかとは程遠いくたびれた無表情のまま横たわっていたのだ。ふと、頭に浮かんだ。昨日何度も繰り返し伝えた言葉がグルグルと頭から足先まで巡って気持ち悪くなった。
『上手くいかなくたっていいんだよ。あなたは頑張ったのだからそんなこと言わないで』
ああ、無責任だったのは自分の方だった。あなたをこんな姿にしてしまったのは紛れもなく自分だったのだ。
なんて酷いことをしてしまったんだろう。
一人項垂れる自分に、誰かがまた同じ言葉をかけながら背をさすった。ああ、あなたもこんな気持ちだったのか。
なんて無責任な優しさなのだろう。まるで致死性の毒のようだ。
謝ることもできないまま、毒を浴びる自分をあなたはどう思っているのかな。どうでもいいよ。悪いのは自分だからなんでも言ってくれ。苦しくてしかたないんだ。
【題:上手くいかなくたっていい】
8/9/2023, 10:07:55 PM