「それはもう、是非やって欲しいですね。『お帰りなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも、私?』……と」
「……いつも思うんだけど、そういうのどこで覚えてくるの?」
私から彼に教えた覚えは一切ないので、きっと他の誰かに教えてもらったのか、あるいはライブラリーにある資料などを見て覚えたのだろう。彼は、日本のこういった俗っぽい知識についてこちらが想定している以上に興味関心が高く、私と同世代くらいの──最近では大分上の世代のものも含まれてきたが──お決まりのやり取りについては、あっという間に覚えてしまっていた。
「どこでも良いではありませんか。何なら、私がそう聞きますから貴女が答えてくれるというのでもいいのですよ」
「えっ、それでもいいの!?」
てっきり新妻というシチュエーションが気に入ったのだとばかり思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。
「余人の介入する隙がなく、二人だけで生活の全てが完結しているというところが良いのです」
「そこ?」
「はい、そこです」
顔を綻ばせながら、彼は話を続けた。その語りに熱が入っているところを見ると、余程気に入っているらしい。
「愛し合う者同士が二人だけで暮らす、というのは実に難しい話で──やはり限界がありましたから、色々と」
「……そっか、スーパーとかないからか」
「ええまあ……、スーパーとかなかったですからね……」
こちらが敢えて衣食住だけの問題、という結論にした意図は伝わったらしい。確かに彼のいう通り、愛し合う者同士が一緒にいられること自体が奇跡みたいなものなのかもしれない。彼の場合、一緒になることがそもそも難しかったのだから、尚更そう思ったのだろうか。
「ええ、夢のような話です」
背後から抱き寄せられると、彼の腕の中にすっぽりと納まってしまう。普段は戯けて夢見がちなことを言うくせに、実は誰よりも現実の残酷さを痛みとして感じてしまうひとだから、こちらもつい甘やかしてしまう。
「じゃあ、まあ……一回くらいはしてみる?」
「本当ですか!? それなら──」
「──普通の格好でいいなら」
「……バレました?」
「絶っ対、何か変なこと考えてると思ってたけど……!」
「いいではありませんか、二人きりなんですから」
「良くない!」
そういいつつも、私は彼の腕から抜け出さず、彼に抱きつかれたままになっている。このまま絆されてしまえば、いつか彼の望み通りにしてしまいそうだな、と思い、私はそっと溜息をついたのだった。
1/14/2024, 3:11:47 AM