望月

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《大空》

『あなたは、あの空に憧れてるって言うの……!?』

 その言葉に、なんと返したのだったか。
 今こうして遥か上空から大地を眺めているのだから、きっとこう答えたのだろう。

『そうだよ。空に憧れてるんだ』

 それになんと返されたのかも、覚えていない。ただなんとなく、止められたような気がする。
 なぜだったか、その理由すら思い出せない。
 けれど今、僕はとても満たされている。
 だって、こんなにも自由に空を舞えるのだ、楽しくない筈がない。
 見上げた視界に在るのは、空と雲だけの世界。

「綺麗だな……」

 あいつにも見せてやりたいな。
 そんな気持ちと共に、まだ駄目だ、と強く思う。
 なぜ、まだ、なんて思うのだろうか。

 自分自身でもわからなくなった想いを抱えて。

「……広いけど、独り……か」

 大空は、まだまだ続くのだろう。
 だというのに、俺の心はその広さを満足に感じれないでいた。
 きっと、他の誰もいないからだ。

 いつかの、あいつも。

「……泣き止ませて、やんないと」

 ふと、思い出した景色がある。
 あいつが泣いていて、俺の手を握っていた。酷く消毒液の匂いがした。真っ白な部屋であいつだけが色付いていた。
 どこでだったか、いつだったか思い出せぬまま。
 俺は空を舞おうと足を踏み出して、

『だめに決まってるでしょ! お空に行かないでっ』

 少女の声に振り返った。
 が、当然そこには誰もいない。

「……ああ、そうか」

 ずっと、この空を自由に飛べたらいいのにと思っていたのだ。
 だって、窓からはよく見えたから。
 だから青空の支配するあの部屋で、口にしたのだ。

 この体を早く終わらせて、大空を駆けたい。

 どうりで少女の——あいつの、声がしたんだな。
 俺が俺の存在意義を思い出す為に、あいつが必要不可欠だから。
 俺はもう一度景色を眺め、目を瞑る。
 風が唸った。


「……ぁ……待たせたな、悪い」

 次に目を開いた時、俺の目に映ったのは、あいつの泣き笑いの表情だった。
 俺が目を開いて自然と口にした言葉に、あいつはなんと答えたのだろうか。
 いや、きっと、こうだ。

「『絶対、私を置いて遠くに行ったりしないでね』」

12/21/2023, 2:37:42 PM