「星空って見たことあるかい?」
ふと気になってそんなことを通りがかった権力者に聞いた。権力者はちょっと顔を顰めながら答えた。
「⋯⋯ないけど」
「ユートピアはずっと昼だもんな。これはきみの趣味かい?」
立て続けに聞けば彼女は軽くため息をついて僕の前を横切ろうとしたのをやめてこちらに来た。
「趣味っていうか⋯⋯⋯⋯⋯⋯そもそも星空見たいことないから知らないし」
「きみの知識が反映されてるのか。そうだよな、きみが権力者だもんな」
「⋯⋯⋯⋯そーだよ」
少しつまらなそうに彼女は言った。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯星空、綺麗だよ」
いつか見たのだ、星空を。
天界から下界に降りた時、そこはちょうど夜だった。辺りに何も無い真っ暗な世界で僕は少しだけ怖くて。でも空があまりにも輝いていた。
紺色を背景にキラキラと光る銀色、それが端まで広がっていて、目を奪われたのを覚えている。
でも段々と朝が来て、その光景が失われた時、僕がいたその場所は天界となんら変わらなくて、だから僕は興味を無くして、あそこから離れてしまった。
そして、ここに来たんだ。
何か天界と違うような景色はどこにもなかったし、いつまで経っても夜空は見れないけれど、ここに来る迷い子を助けることが僕の指名だと、そう思えたから。その結果、天使という称号を剥奪されても特に何も困らなかった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯てよ」
「え?」
僕が過去を静かに振り返っていたら、隣の彼女が何かを言った。
「⋯⋯⋯⋯そんなに言うならさ、見せてよ」
「⋯⋯⋯⋯」
見せてよ、か。
きみは、星空を見たいからそう言ったのかもしれない。それでも僕は嬉しかった。
あの景色を一人で見た時、誰かとこの美しさを共有できたらいいのに、と思ったものだ。だから。
「いいよ。いつか、必ず僕が星空を見せてあげよう」
僕は天使じゃなくなって、ここから出る方法が分からないから、いつか僕がここから出られるようになったら。
「星空の下で感想聞かせてね」
そう僕が言って微笑んだら、きみは僕を一瞥して言った。
「キザだね、君は」
だろうな、と思った。きみがそう言うのは分かりきっていた。ところが、彼女は立ち上がって去ろうとしたのを一旦止めて、こちらを向かずに言葉を発した。
「⋯⋯⋯⋯楽しみにしてる」
「⋯⋯⋯⋯分かった」
僕は微笑んでそう答えた。
4/5/2024, 3:22:22 PM