夕刻……
「あー、だめだ、疲れた。なにもやる気が起きない……」
仕事から帰ってきた俺は狭いアパートの一室で椅子に倒れ込むように座ると、そう呟いた。
いつも通り、疲れ果てていた。
むろん、疲れているのは俺だけの問題ではない。
統計的に推測してみても、この国の八割以上の人が疲れていることであろう。バイト先に入ったばかりの頃、ふくよかな体型だった店長が、過労で日に日にやせ細っていったのを目にしているので、それは明らかである。
そう、俺なんかより疲れている人は沢山いるのだ。
よって俺だけが『疲れた……』とボヤいて、しょぼくれているわけにはいかないのである。
「よし、いっちょやるか!」
自分に発破をかけると、深く沈み込むように座っていた椅子から立ち上がり、夕刻のルーティンを開始する。
まず、いつまでもダラダラと椅子に座ってないで立ち上がる。これは完了した。
次、台所のシンクに放置されたままになっている大量の皿とマグカップ、タンブラーやお箸などの洗い物を手早く片付ける。
それが終わったら、次は洗濯機に放り込んだままにしている洗濯物を機械の力で綺麗に洗う。ここで油断して一息ついてはいけない。洗濯機を回している間の時間を有効活用するのだ。
ゴミだらけの部屋のゴミ共を掻き分けながら埃まみれの床に掃除機をかける。昨夜、飲み干して、そこらへんに転がしたままになっている酒の空き缶もきちんと空き缶用のゴミ袋に入れる。
そうこうしているうちに、『ピポポンポンポンピー♪』といった感じの、気の抜けるような電子音がベランダから聞こえてくる。洗濯機が仕事を終えた合図だ。早速ベランダに出て、綺麗な夕日を眺めながら洗濯物を物干し竿にかけて乾かす。
さて、やるべき雑事が終わったところで、晩御飯の支度に入ろう。
明日もまた一日頑張れるように、栄養バランスがとれたものをしっかりと摂取しなければならない。
ということで、今日の献立はキャベツとウインナーの焼肉のタレ炒めとインスタントのお味噌汁にとろろ昆布を入れたもの、そして実家から送られてきた支援物資の中に入っていた新米で作る、炊きたての銀シャリだ。
俺は料理が上手い。なぜならカラアゲ屋で働いているからだ。
とはいえ、作るほうではなくて、カラアゲをパックに詰め込んでいるだけであるが……
とにかく、ご機嫌な夕食の完成である。
「こういうのでいいんだよ……」
渋い顔で呟き、塩味のカップラーメンを啜り、缶チューハイで喉を潤す。
……いや、なにもよくない。なにかおかしい。
なぜ俺はカップラーメンを食べているのか。キャベツとウインナーは、どこへ消えた。炊き立ての新米は……
どこまでが事実で、どこまでが妄想であったのかは、我のみぞ知る。
本日のテーマ
『始まりはいつも』
最初だけ、やる気に満ち溢れている俺の話。
10/21/2024, 7:18:47 AM