蝉助

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「おれね、ほんとは魔法使いなの。」
橋の上で川を眺めていたら、隣にいる入江が言った。
唐突だったが特に驚くことでもない。
魔法使いなんて意外とどこにでもいるし、入江の持つ独特な、淡いドロドロとしたバリウムのような雰囲気から、そうなのではないかと予感はしていた。
「どんな魔法が使えんの。」
率直に気になったことを聞いてみると、入江は俺がそう言うだろうと分かっていたように眉を寄せて笑った。
笑ったというか微笑んだ。
俺は入江が心から楽しそうに笑っているところを見たことがない。
そいつはそっと俺の方へ手を伸ばし、左手の付け根に触れる。
互いの胸の高さまで腕ごと持ち上げると、もう片方の手で俺の肩から手のひらまでをなぞった。
何かが通り抜ける感覚がしたけど、嫌な感じじゃない。
血とはまた別の似通った液体が、肉の内側から汚れを洗浄していくような気分。
夏の暑い日に麦茶が喉元をくぐっていくあの感じ。
俺は手首のボタンを外してシャツを肘上までめくった。
「おあ、すっげえ。」
きれいな日に焼けた肌色が出てきた。
何がすごいかって、そこにあった筈の紫や赤黒に染みる点々の痣が消えていたのだ。
何年経っても色褪せないものもあったのに。
「回復魔法?すげえじゃん、ヒーラーじゃん。」
傾いた夕日に腕をかざし、くるくると回っていろいろな光の差し加減から見てみる。
そしてちゃんと幻ではないことが分かる。
魔法使いは案外どこにでもいると言ったが、俺自身はこうして間近で魔法を見る機会は今までになかったので、初めての体験に心の内が興奮した。
入江は相変わらずにこにこしていた。
「ヒーラー、ヒーラーね。たしかにいい響きだけど、ほんとはちょっと違う。」
「じゃあなんなの。」
「修復魔法。」


〈俺〉
高校生。入江の友人。不幸を不幸と思えない精神性を持つ。

〈入江〉
高校生。修復の魔法が使えるらしい。

3/26/2024, 12:44:22 PM