入道雲

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風青し、という言葉がある。青葉を揺らして吹きわたるやや強い風という意味で、俳句の初夏の季語に使われるのだ。
────と先生が言っていた。教室からは大きな入道雲とその下の青に煌めくプールが見える。夏はほぼ毎時間、どこかのクラスがプールを使っている。それをぼんやりと見つめ、苦手な国語も数学も知らないうちに終わっているのが毎年のパターンだった。
「入道雲、出てますね」
授業が始まって入ってきた教師がそう呟いた。化学の若い男の教師だ、クラスの女子にはせんちゃんという愛称で呼ばれている。本名は工藤千尋、そんでジブリの千と千尋にあやかってせんちゃん。名前だけだと可愛らしい女の先生を思い浮かべそうなのでもう一度言っておくが、工藤千尋は若い男の教師だ。少し身長が小さいのが紛らわしいのだが。
「夏っぽいよね〜」
誰かがそう言った。せんちゃん改め工藤千尋は教卓に教材を置き目を細め確かにそうすねと笑った。
「雨降るんじゃないすかね」
と工藤千尋は窓を覗きながら言う。
「雨?」
僕は思わず声を出してしまった。思ったより大きい声でクラスの大半が、工藤千尋含めこっちを見ていた。
「あ……いえ…」
なんでもありません、僕がそう言うと工藤千尋はマッシュの髪を風で揺らしながら「ふ、」と柔らかく笑った。それから
近くの窓からびゅっと風が吹いてきてああ、これが風青しかと暑くなった顔を窓に逸らしてそう思った。


お題:風に乗って。

4/30/2023, 2:20:42 AM