「──────。君のおかげで、息子の表情も明るくなった。本当の息子のように接してくれて、本当にありがとう」
「良かった……私にとって、血の繋がりなど関係のないことです。私は貴方と、彼にできることをしたまでですわ」
私の家族はいない。もう、ずっと前に亡くなってしまった。祖父母が教えてくれた伝承と秘密、両親が遺してくれた歌と杖、そして決して少なくはない写真の束。
おぼろげな記憶と彼らの存在を繋ぎ止めていた。
もしかしたら、家族というものに心の何処かで憧れていたのかもしれない。
そんな時に彼らは現れた。
戦に赴く自分の代わりに、どうかこの子を見てほしい、と。
幸せだった。三人で平和に暮らせると思っていたのに。
「ここから逃げ出して、何処かで幸せになってほしい」
「父を支えてくれて、僕を愛してくれてありがとう……お母さん」
灰骨の山は積もり、まだ若かった鮮血は廻り続ける。
────────────────────
「……どうして?」
その後に続く言葉はたくさんある。
だが、それすら思い出せなくなるのも時間の問題だ。現にアルバムや日記なしでは家族の事を思い出せなくなっている。
忘れてしまえばきっと楽になれる。
だが、彼らが生きていたことをはっきり証明できるのは自分しかいない。
無くなれば歴史の一部がまた欠け落ちる。
気配を感じて顔を上げる。
そこには彼が居た。
「すまない、心配になって来てしまった。ホットミルクを入れてきたが、飲めそうか?」
彼のそばに座れば、気持ちが軽くなる。
その理由はまだわからない。
ただ、彼の入れるホットミルクが美味しいのは確かだ。
「……いつか全てを打ち明ける時が来る。焦ることはない、私も彼を知っているのだから」
私の知らない夫の姿を彼は知っている。
不安定な記憶の中が、少しだけ固まった気がする。
お題
「たった一つの希望」
3/3/2023, 10:21:06 AM