初音くろ

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今日のテーマ
《いつまでも降りやまない、雨》





雨が降る。
しとしと、しとしと、雨が降る。

「あー! 雨降ってる!」
「マジで!? 今日くもりって言ってたのに天気予報の嘘つき!」
「ウソでしょ、傘持ってきてないんだけど。帰りまでに止むかなあ」

すれ違いざまに聞こえた言葉に窓の外を見れば、しとしとと雨が降っていた。
朝テレビで見た天気予報によれば、今日の降水確率は50%――半々の確率なら嘘つきとは言い切れないだろう。
どんよりと垂れ込めている雲は濃い灰色で、見ている人間の気持ちまで暗くするかのようだ。

「やった! 雨だ!」

空の色につられて重たいため息を吐きかけたとき、そんな声が耳に飛び込んできた。
振り返ると、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる同級生の姿。

「分かったから落ち着けって」
「小学生か」

周囲の友達に揶揄されながら、しかしそれらの窘めを全く頓着せずに聞き流し、彼女は弾けるような笑顔で喜びを露わにする。
たしかに「小学生のよう」という表現は的を射ているかもしれないと思う。
けれど私が抱いた感想は彼女の友人達が口にした意味合いとは少し異なる。純真無垢な幼子のようという意図のものだ。

「どうして雨がそんなに嬉しいの?」

同じクラスというだけで、これまで殆ど話をしたことはない。
それでも彼女のあまりの喜びように興味を引かれ、私はついそう声をかけてしまった。
問いを口にしてから、不躾だったかもしれないと気づいたが、言ってしまった言葉は戻せない。
彼女は大して親しくもないクラスメートからの突然の質問に訝ることもなく、屈託のない笑顔をこちらに向ける。

「あのね、こないだ傘買ったんだ!」
「傘?」
「そう! ビニ傘なんだけど、絵が入っててすっごく可愛いの! だから、早速それ使えるのが嬉しくて!」

よほど嬉しいのだろう。
語る口調からもキラキラの笑顔からもその気持ちがまっすぐに伝わってくる。
微笑ましい様子に、私もまたつられて笑顔になってしまう。

「そう。朝は天気良かったのに傘持ってきてたのね」
「え?」
「え?」
「……持ってきてない……家に帰らないと、傘、おろせない……」

笑顔から一転、外のお天気よろしく、一気に顔を曇らせる彼女。
反対に、彼女を囲んでいた友人達が弾かれたように笑い出した。
これだけ喜んでおきながら、肝心の傘を持ってきていないというのだから、笑ってしまう気持ちは分かる。
でも、泣き出しそうに項垂れてしまっている顔を見たら、とても笑うことはできなくて。

「家に帰ってから、その傘を下ろしてどこかに出かけたら?」
「家に、帰ってから……」
「そう。それなら、その傘にぴったりのコーデでおろせて、更に気分もアガるんじゃない?」

苦し紛れに、少しでも彼女の気持ちが上向きそうな提案をしてみる。
みるみる内に彼女の表情が明るくなってきたのを見て密かに胸を撫で下ろした。
そんなつもりではなかったけど、これじゃあまるでせっかく喜んでいた彼女を私が落ち込ませてしまったかのようで寝覚めが悪い。
嬉しそうに笑った彼女は、ふと何かを思いついたような顔でこちらを見上げる。

「あのさ、今日の放課後、暇?」
「うん? 特に予定はないけど……」
「じゃあさ、良ければ一緒にパフェ食べに行こ! あたしの家、駅までの通り道なんだ! 傘も見せたいし、一緒に遊びたいし!」
「えーと……?」
「これを機に、お友達になって下さい!」

僅かに頬を染めつつそんな風に誘われて、勢いに飲まれながらも私は頷いて彼女の誘いに乗ることにした。
取っ付きにくく見えるのか、入学してからはなかなか親しい友達ができなかったから、正直言ってかなり嬉しい。
予想外に親しい友達を得ることになった偶然に感謝しながら、この雨が、どうかいつまでも――せめて放課後まで――降りやまないでいてくれますようにとこっそり祈る。
窓の外に広がる暗い空模様とは裏腹に、私の心は澄み渡る青空のように晴れやかだった。





5/26/2023, 9:39:19 AM