愛情
これも愛情なんだよ。好きだから構いたくなるんだよ。
大嫌いな言葉だ。
小さい頃から自分は兄のオモチャだった。
自分が本を読んでいると取り上げて本を踏みつける。
テレビを見ていると耳元で大声で叫ぶ。
映画だったりするとネタバラシも加わる。
夜風呂に入ってると電気を消す。トイレでも構わず消す。
ぬいぐるみを窓から捨てる。
育てていた花を抜く。
捕まえて観察していた虫を逃す。
兄はその度に泣いたり怒ったり自分を見て笑っていた。
そしてあなたのことが好きだからやるんだよ、と諭される。
好意だから、愛情表現だから、あなたに相手をして欲しいから。
だから許してあげなさい。
そう言われるのが大嫌いだった。
親の後ろで許されて当然という顔をしている兄も大嫌いだった。
家の中で兄は王子様で、なんでも許されたし、
許さないと執念深い、心が狭い、捻じ曲がっていると叱られた。
家の中には味方がいないことを早々に学んだ。
自分はやがて反応しない、感情を出さない、家族から背中を向けることを覚えた。
背を向けてるのに、ウザ絡みしてくる兄と、
兄の取り巻きとして援護する妹を無視しながら、
早く大人になりたい、ここを出たいと思いながら
勉強をしていた。
勉強して勉強して勉強して。
第一志望に落ちた。
そこに受からなければ学費を出さないと親に宣言されていたので、
奨学金を借りて第二志望の大学に入り、家を出た。
第二志望の学校は遠く離れた場所にあり、
安くて小さな部屋を借りた。
初めての一人ぐらし、家の中に自分しかいない。
安堵感で爆睡した。
そして社会人になった。
今家に通ってくる猫がいる。
ボロアパート故ペット可なのだが、いかんせん狭い。
こんな狭いとこに閉じ込めて飼うのは可哀想で、
しかし可愛いので構ってしまう。
一度捕まえて避妊手術をしてワクチンを打った。
それでも遊びに来てくれた。
ノミ取り薬は定期的に首に落としてやり、
体は来るたびに拭く。意外と嫌がらず好きにさせてくれる。
部屋の中に餌スペースとトイレを用意してやると、
わりと簡単に覚えてくれた。
今日も家に帰ると窓の外から開けろと鳴くので入れてやる。
飯の前に足をふけ、と抱き上げて濡れたタオルで足を拭く。
ついでに体全体も拭く。
ゴシゴシと体を揺らしている間、猫は気持ちよさそうに
目を瞑って喉を鳴らす。
自分を信じて身を任せてくれる猫を眺めて思う。
俺はこいつを大きな音で驚かせて楽しいと思わないし、
期待させてがっかりすることもさせたくない。
イタズラしたいとも思わない。
餌を取り上げることなんてとんでもない。
そばにいてかわいいな、暖かいな、
もっと居心地のいい場所用意してやれたらいいのにと思う。
怪我をしてないから心配になる。
病気になってないか心配にる
雨の日に来ないと寒くはないか気になる。
美味いもん食わせてやりたい。
広いところに引っ越せるように金を貯めている。
一緒に着いてきてくれるか不安になる。
時々、涙がこぼれそうになる。
自分と家族では愛情の形が違ったんだ。
だから受け取れなかった。
どれほど嫌だと言っても、理由を説明しても、
言葉を尽くしても、態度で示しても向こうが変わることはなかった。
これは愛情なの、わからないお前がおかしい。
受け取れないお前が捻じ曲がってる。
お前が悪い。
ずっとそう言われてきたからわからなかった。
自分と家族では愛情の形が違ったんだ。
そのことが時々辛い。
にゃあと猫がなく。
メシだな。
涙を拭いてカリカリを皿に盛った。
11/27/2024, 1:49:31 PM