いろ

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【星空の下で】

 白銀の星々が美しく瞬く夜空の下、荒れ果てた廃墟には似つかわしくない優しい歌を、少女が奏でる。観客は一人、僕だけだ。
 纏ったドレスは裾がほつれ、重ね合わせた手は固く強張り。口を開くたびにギシギシとどこかで軋んだ音が鳴る。遠い昔に作られた歌うたいの機械人形は、それでも日が沈み夜になるたびに、澄んだ音色を紡ぎ始めるのだ。
 完璧に調律されていたはずの音階すらも、時折歪みを帯びる。きっと彼女の寿命はもうすぐ尽きるだろう。旅の途中で見つけた彼女の歌声に惹きつけられて、気がつけば三ヶ月以上もこの地に滞在してしまった。
 心を持たない機械人形が、もの寂しい夜の慰めにと永遠の愛を歌う。その矛盾が、やけに僕の心を締めつけた。
 彼女を作り出したマスターは、恐らくとうに死んでいる。その歌を聴く者なんて誰もいなかっただろう廃墟で、たった一人。天上の星から降り注ぐ光をスポットライトに、歌い続ける可憐な人形。
 哀れで愚かで愛おしい彼女がもうじき迎える最期を、せめて僕が語り継ごう。星々の輝く夜にはハープの音色に合わせて、歌うたいの機械人形の物語を、人々へと紡ぎ続けてあげよう。それが僕から彼女へと送る、唯一の手向けだ。
 相棒のハープを爪弾きながら、僕は絡繰じかけの歌声に今日も耳を傾けた。
 

4/5/2023, 12:34:57 PM