まって、などと、私は口にした。
自分でもおかしいと思った。
何を、誰を、どうして、まつ必要があるのだろう。
そもそも私は、まってほしい人間などではない。
いや、そう思っている時点で、やはりまってほしいのだ。
この滑稽で愚劣な心が、やはりそれを望んでいる。
彼女は、すこしも振り返らなかった。
ああ、あれほど完璧に美しい無視というものを、私は見たことがなかった。
まって、まってくれ。
できるなら、まっていないふりをして、まっていてほしい。
できるなら、私を否定するふりをして、愛していてほしい。
人間というものは、どうしてこうも厄介なのだろう。
私は一人、暗い廊下に立ち尽くし、
まって、という言葉の、あまりにもみじめな響きに酔っていた。
まって
5/18/2025, 4:52:32 PM