誇らしさ
「ケイとヒナは……むしゃむしゃ……どうして仲が……ずずずず……悪いんだい?」
信じられないほどの速度でご飯を口に詰め込むエリック。
「こいつが!……もぐもぐ……自分のヴァイオリンを!……ぱくぱく……弾かないからよ!」
エリックに負けまいと箸の速度を緩めないひな。
お腹が空いているのか意地になっているのか、僕が手をつけていないのにお皿が綺麗になっていく。
見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
「あんたも!食べなさいよ!」
「いや、僕はもう——」
「そんなんだから私に負けるんでしょっ……がぶがぶ」
しばらくして——
「さて、2人を呼んだわけだけど……」
何も聞かされていない僕たちに緊張が走る。
あのめんどくさがりで偉大なヴァイオリニストが僕たち2人を呼んだのだ。何か大きな理由があるに違いない。
はずだった……
「2人は恋人同士なのかい?」
「はい?」
「へ?」
噛み付いたのはひな。
「なんでこんなやつと、こ、恋人になるのよ!」
「なんでも何も、君たちのヴァイオリンは痴話喧嘩のようにぶつかり合って小気味いいじゃないか。そのことに君たちは気づいていないのか?」
ふと思い返すと、僕はいつも彼女のヴァイオリンに感化されて弾いていた。彼女あってこその演奏があったなら痴話喧嘩と言われても納得がいく。
「なるほど確かに」
「なにが確かによ!」
「私はケイに恋人ができて嬉しい。君は昔から私とヴァイオリンばかりで色恋の1つも見せやしなかったからねえ」
怒りで顔を真っ赤にしたヒナ。
いつも冷静な彼女のそれが面白くあったが、嘘をつくわけにはいかない。
「でもね、エリック。僕たちは本当に恋人じゃない。むしろライバルのような関係性だよ。といっても僕はいつも負けてるからライバルには見えないだろうけど」
「いや、それは違う。こいつはライバルよ」
彼女はエリックを真っ直ぐ見つめる。
「こいつは自分の良いとこまったくわかってないけど、私より上手いもの。だってそうじゃなきゃエリックさんが師匠なんてやらないでしょう?」
エリックはニヤリと笑う。
僕がひなより上手い? コンクールで負け続け、コンサートを開いても彼女はぼくより人を集める。そんな彼女より?
しかしエリックは頷く。
「ケイのことをわかってくれる子がいた……では私は、ケイの才能を実らせることができたのかな? だとしたら私は誇らしい」
2人が知る僕を僕は知らない。
僕は……何者なのだ。
8/17/2024, 4:09:00 AM