本日のテーマ『あじさい』
そのお題を前に、俺は部屋の中で頭を抱えて思い悩んでいた。
「あじさい…あじさいかあ…」
数十分ほど考えてみたものの、『あじさい』のテーマに関するアイデアがなにひとつとして降りてこない。当たり前である。
俺には誰かと一緒にあじさいを見に行った思い出などないし、あじさいを見て美しいなあと思う感性もないし、そもそもあじさいってどんな感じの花だったのかすらネットで画像検索するまで忘れていたのだから。そんな俺に『あじさい』について思ったことを書けと言われても、そんなの読んでもいない本の読書感想文を書けと言われているのと同義である。はっきり言って無茶振りだ。
「だめだこりゃ」
本日のテーマについて考えるのを放棄した俺はベッドの上に寝転がると、大人気携帯ゲーム機の電源を入れた。
「うわ…これは酷いな…」
買うだけ買って満足して、いっさい手をつけていない大量の積みゲーがずらっと並んでいるライブラリーを見て呟く。気分転換のつもりでゲームをやろうと思ったのに、ゲームを始める前の段階でげんなりしてしまった。
(ダルいけど積みゲーは少しずつでも消化していかないとなあ…とりあえず、これをやってみるか…)
そう思い、パッケージにロボットが描かれていること以外は内容のよくわからないソフトを起動する。
タイトル画面に浮かび上がってきたNew Gameの項目に選択カーソルを合わせてコントローラーの決定ボタンを押すと、早速ゲームが始まった。
昔の俺なら新しいゲームを始める時は気分が高揚したものだが、今となってはちっともワクワクしない。加齢によって感受性がすり減ってしまったのか、あるいは疲れているのか…それは分からないが、少し眠いのだけは確かだった。
あくびしながらボタンを連打してオープニングムービーとキャラクタークリエイトの画面をスキップすると、ゲームの進行を手助けしてくれるナビゲーターと思わしき女性が俺に語りかけてきた。
やはりボタンを連打して会話をスキップしたので、女性に何を言われたのか断片的にしか理解できていない。たぶん、目の前にあるロボットを改造して襲ってくる敵と戦え!みたいな話、だと思う。
とにかく…右も左も分からない時は勝手を知る人物の指示に従うのがセオリーである。そういうわけで、女性に言われた通りロボットを改造してみることにした。
ここがそのロボットを改造できる場所ですよ、とでも言わんばかりにナビゲーションアイコンが表示されているところにあった端末を調べてみると、文字入力用のウィンドウが自動的に開かれた。どうやらカスタマイズに移る前に、俺の乗機となるロボットに機体名をつけろということらしい。
「そう言われてもなあ…」
実家で飼っていた猫に、ニャーと鳴くからにゃあ、カメには亀吉、ハムスターにはハムハムと名付けてきた絶望的ネーミングセンスの持ち主の俺に、急にそんなことを言われても困ってしまう。
俺は悩んだ。先刻、本日のテーマの『あじさい』について考えていた時のように…
そこでハっと閃いた。ここにきてようやくアイデアが降ってきた。
「そうだ、あじさいだ!」
俺は愛機となるロボットを『あじさい』と命名することに決めた。その時、ふと思った。
(……なんだろう、なんか絶妙にダサいぞ。あじさいて)
戦闘用ロボットというより、耕うん機とかトラクターなどの争いとは無縁な農機具を連想させる名称に近い気がする。
なんだか弱そうだ。『あじさい』に搭乗して出撃したら、根拠はないが、簡単にやられてしまいそうな予感がする。
どうにかしなければいけない。
(横文字にしてみるか…? あじさいって英語でなんていうんだろ)
タブレットを使ってネットで検索すると、すぐに答えが見つかった。あじさいの英語読みはhydrangea(ハイドレンジア)というらしい。
「うん、いいじゃないか」
入力画面にハイドレンジアと打ち込んでロボットに名前をつける。ついでにロボットのカラーリングも、あじさいを思わせる淡い紫色で仕上げてみた。なかなか良い感じだ。
そして……
「ふう……」
やりきった、という表情でゲーム機の電源を切る俺であった。
本日のテーマ『あじさい』
こんなのでいいのだろうか…そんな思いが頭をもたげたが、ゲーム画面を見続けたせいで目がしょぼしょぼしていたし、なにより眠くてしかたなかったので、まあいっか…と自分に言い聞かせて眠りにつくことにした。
6/13/2024, 4:10:46 PM