「好みはリサーチしましたか?」
頭の上から声がしたので振り仰ぐと、予想通り後輩の顔があった。私を覗き込むツインテールが揺れている。
「好みって、誰の?」
私が言うと、後輩は首を横に振った。両手も肩の位置にあることから、やれやれ、という感情を表したいようだ。
「誰の? じゃないんですよ。そんなの一人しかいないでしょ。わかってるくせに」
後輩が、ちらっと視線をやった先には、本日も煌めく笑顔の彼女がいる。常に人に囲まれてる彼女だが、今日は先輩社員にかまわれているようだ。主に男性だが。
そのようすを見た私の顔が引きつっていたのだろう、後輩はさらに言葉をついだ。
「このままじゃ、あの人は今に誰かのものになっちゃいますよ。いいんですか?」
「よくはないけど」
半ば反射的にそう返すが、それはこの後輩に彼女のことが好きなのだと宣言してしまっているようなものだ、と気づいたのは発言し終わってからだった。しかし、どうせ後輩には、私が彼女に好意を抱いていることは、とっくにバレている。今さらだった。
「ですよね? だったら、さっさと心を奪わないと」
「簡単に言うけどさ、私だってあの子の好みを完全に把握できてるわけじゃないからね」
「ええ……この数日間、何してたんですか。十分、時間はありましたよね」
「私だって、そのことばっかりに気を取られていて余裕なほど時間は有り余ってないから」
ぽんぽんと交わす応酬の傍ら、私は仕事をこなす。この会社の事務員である私は、営業部の期待の新星と呼ばれる後輩と比べても仕事量は遜色ないと思っている。思っているだけだ。私より活躍している後輩に対しての負け惜しみではない。
「……まあ正直、何で先輩があの人のことを好きなのかはわかりませんけど」
後輩が、ぼそっと呟く。私は耳を疑った。何であの人のことを好きなのかわかりませんけど? 彼女と同じ部署の後輩から、その言葉が出てくるとは思わなかった。
「……わからないの?」
そっと聞くと、後輩はこちらを見下ろした。蛍光灯の真下に立っている後輩の表情は見えない。
「わかりませんよ。全然、わかりません」
それを聞いて、私は邪推した。もしかしたら、彼女は外面だけよくて、同じ部署の人間には当たりが強いのだろうか。それどころか、この「期待の新星」と呼ばれる後輩にだけ、つらく当たっているとか。それとも……
「先輩が今考えてること、全部不正解です」
私の心を読んだかのような後輩のせりふに、私は、ただただ狼狽するしかない。
「な、何でそんなことわかるんだよ」
「だって、ずっと見てますから。あの人と先輩のこと」
ん? 私が上目遣いすると、後輩はツインテールの頭を近づけてきた。こいつ、上司に髪型を認められているのは承知しているが、ちゃんと仕事はしてるんだろうな。
「あの人のこと、誰もがみんな好きだとは思わないことですね」
は? 私が固まったのを合図に、後輩は鼻歌をうたいながら歩き去った。
私はその後ろ姿を、ただ見送るしかできなかった。今の、どういうことだ?
その答えを知ることができるのは、ずいぶんと経ってからのことだった。
2/10/2024, 2:41:06 PM