そも悔やむという行為は、先立ってしようもないものであり、わざわざ後と銘打つほどに惜しい思い入れの一つに過ぎないのかもしれない。
例えばそれが足跡に見える人もいて、長く伸びた影に見える人もいて、トンネルの出口か入り口に見える人もいるだろう。今という結果の連続性に繋がるのは、いつも後悔である。
そして後悔には、そうすべきであった、が付き物のように感じられる。私の矮小な物差しで測られただけのすべき事柄は、せざるを得なかった何かを代償にくしゃくしゃに縮んでしまっている。綻ぶ事は二度となく、日に焼け焦げたアスファルトのように染みを作って、私の一部と成り果てている。/後悔
5/16/2026, 9:52:53 AM