「顔死んでるよ」
そんな言葉とともに、脳天に軽く手刀を落とされた。じろりと睨み上げると、男は「こわーい」なんて言ってへらへら笑った。
「そんな顔すんなよ。笑顔えがお」
「…………」
「ほら、合言葉はラブアンドピース」
とかなんとか言いながら、俺の隣に腰を下ろす。平気で肩が触れる近さに座る神経が理解できない。こいつのパーソナルスペースはどうなってんだと思いながら、直ちにひとり分の距離をとった。
不快感丸出しの俺の態度などまったく意に介さず、隣の男は上機嫌に鼻歌を歌いながら、なにやらスマホを操作している。てっきり上に報告しているのかと思ったが、よく見れば、画面には焼肉屋のサイトが表示されていた。『人数』の項目に『2』が打ち込まれたのを見て、俺は「おい」と言った。
「それ、何してる」
「ん? 焼肉屋の予約とってる」
「なんで」
「なんでって、打ち上げ」
パーッとやろうぜ、などと言って、俺の背中をばしりと叩いてくる。
「俺は帰って寝る」
「えー、打ち上げしようぜ。うまい肉食えば、おまえの表情筋も生き返るよ」
「…………」
「焼肉食ってるときってさ、ほんと幸せだよな。おれホルモンがいちばん好き」
わかっていたことだが、やはりこいつは正気じゃない。普通の人間だったら、"アレ"を見たあとに焼肉を食おうなんて思わない。ましてやホルモンなんかもってのほかだ。
さっき見た光景が脳裏をよぎって、俺は咄嗟に口元を押さえた。酸っぱいものが込み上げてくる感覚に眉をひそめる。男はそんな俺を見て、薄っぺらい笑みをはりつけたまま「大丈夫?」と言った。細められた目の奥には、深い闇が在る。
なにが「ラブアンドピース」だ。さっきから頬に返り血をべったりくっつけている人間が言っていいセリフじゃないだろ。
そういう俺の手にも、赤黒い血がこびりついている。狂っているのは、俺も同じだ。吐き気とひどい目眩のなかで、俺は力なく笑った。
【テーマ(?):愛と平和】
3/10/2026, 11:47:54 AM