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「この道を行けば、帰れるの?」

誰にともなくそう呟くと、薄暗がりの中ぽう、ぽうと淡く灯篭が灯った。
彼女の言葉に応えるように、頭上の月が揺れる。揺れた月から溢れた滴が、小雨に濡れた路に落ちて音が鳴る。
音は重なり、彼女の耳へ言葉となり辿り着く。

「.....君に逢いたい。けれど、君には役目がある。この先に来てはいけない。戻るには、まだ少し早い」

「分かってる。でも、ここはとても重くて、悲しくて、散らばってしまいそうなの」

酷く懐かしいようなその声に彼女は想う、これはただの水音か、それとも溢れた滴が魂を弾いた声か。
耐えきれず、一歩足を踏み出す。すると声は足もとの水音に揺れ、彼女の耳から遠ざかる。

「行かないで、お願い」

淡く灯っていた月へと続く灯籠の光が、ほう、ほうと萎んでいく。

「千年経ったら、必ず君を探して迎えに行く。約束だ」

遠ざかる声が哀しくて、彼女は泣いた。その声も少し泣いているように聞こえて、彼女はこの哀しみが自分だけのものでは無いことに少し安堵した。

「千年.........」

それは長き刻か、短き刻か。
彼女は、灯りが消えた路に立ち尽くす。
闇の中に優しい小雨の音が満ちていた。

小雨に濡れた路を照らす銀色の光に思わず頭上を仰げば、淡く光る月の周りだけ雲が晴れていた。



──「My Heart」

3/28/2024, 4:52:37 AM