ゆらゆらと揺らめく小さな灯火が、命のようだと誰かが言った。
お前の手に持つその儚い炎を、決して途切れさせてはいけないと。
どんな激しい吹雪にあおうとも、冷たい雨に打たれようとも、風に煽られようとも。絶対に、この灯火だけは離すなと。
誰かが言った。
離したらどうなってしまうの。
なんて、分かりきったことを言う人々もいなかった。
「綺麗だね。」
高々と掲げられた無数のキャンドルを見て、彼は感嘆の声をもらした。
クリスマスが近くなると開かれるパーティには、協会の儀式としてキャンドルレーンというゲームが存在する。ルールは至って簡単であり、四つの人の列を作り、どのチームが全員のキャンドルに火を灯すのが一番早いかを競うというものだ。
その協会のボランティアとして参加した俺たちは、パーティの参加者が笑顔で掲げるキャンドルを見ながら雑談をしていた。
手伝いは一通り終わっており、やることといえば参加者が帰ったあとの後片付けくらいである。
「キャンドルって随分と原始的なものだって感じるけど、見るのは飽きないよな。」
揺らめく小さな無数の火と、薄暗い協会。
目に映る幻想的な景色に、不思議な感情が湧いてくる。
「君たちもキャンドルに火をつけるかい?」
突然横からかけらた声に、思わず体を跳ねさせて振り向くと。人当たり良さそうな優しい顔の老人が腰を曲げて俺たちを見上げていた。老人の手には二つの小さなキャンドルと身体を支える杖が握られている。
「僕達ただのボランティアなんですけど、いいんですか?」
首を傾げる友人に、老人はゆっくりと頷くと少し微笑んで言う。
「このキャンドルを掲げる儀式はずぅっと昔からこの協会でやっていてね。今はゲームと子供たちに親しみやすいよう言っておるが、皆が楽しみにしている行事のひとつなんじゃ。」
それは、全員がキャンドルを持って初めて成立するのじゃよ。老人は友人と俺にひとつずつキャンドルを手渡し、火を貰ってきなさいと優しい声音で言うと直ぐに背を向けて去っていく。
貰っておいて何もしないことも失礼なので、近くにいた若い男性達からキャンドルの火を灯させて貰った。
「うわぁ。この火、小さすぎて直ぐに消えそうだよ。」
友人が話しただけで大袈裟に揺らぐ火は、儚すぎて持っていられたものじゃない。
すぐにこのゲームという名の儀式的なものが終わらないかと俺は小さくため息をついた。
「あ。」
小さく声を上げた友人が、俺の手元を凝視している。
なんだと思い目を向ければ、ため息のせいか火は消えていた。
「お前何やってんだよ。」
「…別にいいだろ。」
火をつけたばかりで消してしまうというのはどうにも格好つかないし、居心地が悪い。
なんとなく視線を外してキャンドルを掲げる人々の方に目を向ければ、横から盛大なため息が聞こえた。
「貰ったばっかなのに。」
「うるせぇ。」
そんなのわかってる。隣からグチグチと言われる言葉を無視し、揺らめく炎たちを呆然と見つめた。
あんなもの、水をかけたり風を吹かしたりすれば、直ぐに消えてしまうのに。
なにがいいんだ。
「ったく。しょうがないな。ほら。」
「は?」
手元が少し暖かくなったことに疑問を持ち目線を戻すと、再び火がともされたキャンドルがそこにはあった。
いいって言っただろ。と言えば友人は素知らぬ顔でそんなこと聞いてない。とそっぽを向く。
もう一度ため息をついて消してやろうか。
と考え始めた時。
友人は俺の思考を読んだかのように嘲笑した。
「君がどんだけキャンドルの火を消そうと、無理矢理つけてやるよ。」
何故かその言葉に、俺は凍りついたように動けなくなった。何度も火をつけてやる。
それはキャンドルに対する言葉だ。決して俺に向けられたものでは無い。けれど、なんでか、何故か俺の心を揺さぶった。
「おい。大丈夫?」
固まった俺の目の前に手をヒラヒラと振りながら呆れたように顔をのぞき込む友人に、俺は何も反応を返せない。ただ見つめることしか出来ない。
人間酷く心が揺さぶられると動けなくなるものなのだろうか。
「…なんでもない。」
やっと出せた声は掠れていて、どう考えても何かある。だけど俺は知っていた。俺が話したがらなければ、友人は追求することはしない。
「あっそ。」
案の定、友人は気にすることなく自分の手にもつキャンドルに目を向ける。
「それではみなさーん!願いを込めてキャンドルの火を吹き消してください!」
協会のステージに立つ女の人がマイク片手に陽気な声で言った。騒がしかった会場は静まり、皆が願い事を考え始める。うーんと唸る友人を酷く羨ましく思えた。
「皆さん決まりましたか?カウントダウンで一斉に行きますよー!さんー!にー!いち!」
ふっと灯火が消えた暗い空間の中、一つだけジュと嫌な音が聞こえた。
【キャンドル】
11/19/2023, 4:47:04 PM