「卒業旅行で行くならさあ、海外がよくない?」
私の言葉にキミは読んでいた本から顔を上げた。
「僕らはまだそんな時期じゃないだろ」
さっさと課題を進めろ、とキミは怪訝な顔をした。
「でもさあ、計画するのってら楽しいじゃん。ねえ、キミはどこに行きたい?」
「そんなこと言われてもなあ……」
うーん、とキミは顎に手を置いて考える。
「僕はあんまり旅行に行かないから。君の好きなところでいいよ」
(あ、一緒に行って着いてきてくれるんだ)
そこを否定しなかったことに胸が少し高鳴る。
けれども、声に出したらキミはすぐ否定しそうだから、心の中でだけ呟いた。
「私の、好きなところ?」
「ああ、ある程度行きたいところあるだろ。西欧とか東南アジアとか」
「うーーん……私も、ないかも」
は?とキミは目を見開く。
「それなら、なんで海外旅行に行きたいんだ」
「違う空を見てみたいから?」
こいつは何を言っているんだ、という顔のままキミは無言で私を見つめる。
「だってさ、違う国に行ったら青空がピンクかもしれないじゃん?」
「もしかして昨日寝てないのか……?」
「違う違う。ちゃんと8時間は寝てるよ」
本気でキミが心配し始めたのがおかしくって吹き出しそうになるのをおさえる。
「そうじゃなくって、外国の絵とかでピンクの空だったりするのあるでしょ」
「あれは作者がそう見えているだけか、空想の産物だろう。実際に青空は世界共通で青色だよ」
分かんないじゃんか、と私は食い気味に言った。
「地球の反対側まで行ったら実際にピンクの青空があるかも知れないよ。自分の目で実際に見なきゃ、空想がどうかなんて分からないもの」
「……君はたまに子供みたいなことを言うよな」
呆れた顔でため息をつくと、キミは読書に戻ろうとする。
「キミだって見てみたいでしょ。ピンク色の空とか、私たちの想像を超えたものとか。社会に出たらそんな時間もなくなっちゃうんだよ」
ねーえー、としつこく声をかける。
キミは最初こそ無視していたけれど、耐えきれなくなったのか、大袈裟に音を立てて本を閉じた。
「しつこいぞ!そんなものあるわけないだろ!」
「あるわけないなんて、自分の目で見ないと分からないでしょ!それともキミは子供たちの夢もあるわけないって否定するの!?」
「なっ……」
キミが黙らざるを得ないキラーワードを出してしまい、しまった、と心の中で呟く。
「……ごめんね」
「いや……僕もムキになりすぎた……」
ごめん、と謝るキミを見て申し訳なくなる。
「……でもさ、やっぱり、卒業するときは一緒にどこか遠くに行こう」
「まだ続けるのか?この話は終わりにしよう」
「だって、本当に見れたら……ううん見れなくてもいいの。私たちの知らない、私たちを知らない遠くへ行って、知らないものを見られたらそれでいい」
「……?」
「そしたらその後も頑張れる気がする」
卒業したら、キミも遠くに行ってしまうから。
「……僕は遠くに行かないよ」
慰めるような、何も考えていないような表情でキミは答えた。
はぁ、と大きなため息をつく。
「つまり君は思い出作りがしたいんだろ。どこにでも着いて行ってやるよ」
「本当!?」
「まあ、それまでに君のあり得ない空想を正さないとな。じゃないとどこに連れていかれるか分かったもんじゃない」
そう言ったキミは笑っていた。
正直どこへ行くか、何を見るかなんてどうでも良かった。ただ私はキミと遠くの空が見たいだけだから。
それで何かが変わるわけでもないことを分からない年齢でもない。それでも、何かが変わるって信じたかった。信じていたかった。
4/12/2024, 3:46:27 PM