「もう一度聞くが、君が目撃したのはこの写真の人物で間違いないかい?」
男がテーブルの上の写真を指差す。
「はい。間違いありません」
男の目を真っ直ぐ見つめ頷いた。
「そうか……」
男は何か釈然としない表情で、顎に手を当てながら考え事をしている。
「私が嘘をついていると思うのですか?」
「いや、そうではないのだが……」
何やらモゴモゴと喋っているが、聞き取れない。
「はっきり仰ってくれて構いません」
そう言って姿勢を正し、男の言葉を待った。
駅の裏路地を進んだ先にあるこの喫茶店は、レトロな雰囲気と美味しい珈琲が私のお気に入りポイントだった。珈琲と日替わりのケーキのセットがお勧めらしく、仕事の息抜きによく通っていた。
いつもはそれ程人の入りは多くないのだが、今日は平日だというのに人が多い。特に若い女性が多いように感じる。そこでやっと、世間の学生達は夏休み期間に入ったのだと気付いた。
大人になると時間や季節の感覚が鈍るな、と少し寂しさを感じていると、男が喋り出した。
「実は……。この少年は、一ヶ月も前に亡くなっているのですよ」
「え?」
男の言葉に動揺した。
「でも、私がこの子を見たのはつい先日の事で……」
「いや。君を疑っているわけではないのだが、しかし、見間違いという事も考えられないかい?」
そう言われ、暫く考えてみる。確かにこの写真の少年によく似た人物を見た。三日程前の事だ。
少し長めの前髪に、黒縁眼鏡。特徴だけを挙げれば、似たような人物は山程居る。だが、写真に写っている人物と、私が見た少年は同じ鞄を持っていた。
「何故他人の鞄なんて覚えているんだい?それ程特徴のある鞄には見えないが」
男が訝しんだ目で私を見る。
「鞄が少し開いていたのです。その隙間から……見えて」
電車の座席に座る少年の斜め前に、私は立っていた。少年は鞄を包み込むように抱きかかえていたが、腕の間から鞄の中が一瞬見えた。
「故意に見た訳ではないのですが……その……」
「勿体振らないで教えてくれないかい?」
テーブルに腕を乗せ、少しだけ前のめりになって男が続きを促す。
意を決して口を開いた。
「人の手のような物が見えた気がして……あまりに衝撃的で、よく覚えていたのです」
7/14/2024, 12:58:58 PM