たぬたぬちゃがま

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掠れた音が口から溢れる。
いつまでも続くような風景は、物の見事に消え去ってしまった。
嘆こうにも口から溢れるのは音にならない呼吸音。誰の耳にも届かないそれは風の音にかき消されていった。
『僕と行こう』
かつて彼に言われた言葉を今更思い出す。ここに残ると言ったのは私自身だというのに。
彼の手を取れば幸せだったのか。故郷を捨てていれば幸せだったのか。
いくら考えても時間は巻き戻らないし、侵略者は故郷を蹂躙していった。土地も文化も女たちも。
自分もその1人だったので、早々に魂を身体から切り離すことにした。他の女たちもそうしたらしい。
彼に捧げた身体を守れたことだけが誇りに思えた。
彼の声がもう聞こえないのだけが、心残りだった。


【僕と一緒に】

9/24/2025, 10:00:34 AM