22時17分

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輝きを失いつつある彼女のもとに、再び魔族の彼は訪れた。魔王城の牢獄。孤独の塔。その最上階。
元々ここには大型のドラゴンが囚われていたが、今は世界へ放逐されている。代わりに一人の人間が捕縛されていた。
赤いドレスに赤い髪、下腹部まで垂れる長い髪。
華奢な女だが、ナイフ使いは美麗で筋が良い。魔王軍の幹部が幾人かやられているそうだ。
魔族の彼にとってはどうでも良い情報でもある。

手首を頭の上に上げたまま縛られた状態で放置されていた。足の方は中腰のような少し折り曲げられた姿勢。服は破られ、露出した白い肌は砂が混じる汚泥で汚されていた。

「今日も来ちゃったよ〜、お嬢さん」
魔族の彼は気安い調子で鳥籠のなかの彼女に声をかけた。監獄の一つの扉を開けて中に入る。拘束されて上下関係が明確化されているにも関わらず、彼女の目つきは強く睨みつけていた。敵だからである。
「強情だねえ。すでに身体の方は堕ちてるっていうのに」
彼女の顎の下に手を付け、くいと上に持ち上げる。
そのまま偽りの接吻でもするかのような、接近。

「くっ、触らないでっ!」
「おっと」
ガシャン! と鎖をもろともしない足技を披露する。だが、緩慢で、亀と勝負しているようだ。
「ククク、その目、あと何日持つかねえ……」
「あなたの言うことは間違いよ。彼はきっと助けてくれる。それを信じるのみよ」
「だと言い続けてはや2週間、だけどねぇ。愛しの勇者さんはいつ来る予定なの?」

そう言って、一方的な日課を始める。
女を、女として。魔族の手は至る所を攻めたてた。
最中、伝令が飛んでくる。一匹のコウモリだ。
「……何だ」
行為の最中、魔族は呟いた。伝令は伝えた。コウモリであるから文字によるものではない。行為を邪魔するものでない。言うには、遠くから大群が見えてきた、というのだ。
魔族の彼も、甘い愛撫を辞めて、舌打ちする。

「ったく、来るなら来るって言って欲しいよね。途中だろ?」

彼女から離れ、塔から見下ろした。
濡れた手でおでこにつけて遠くへ目を投げる。魔族である彼の視力は、人間一人ひとりを区別する。数キロある山の中の落ち葉の1枚や2枚を振り分けるようなものである。

「ん~~と、ちぇっ、今回もハズレかあ。今度こそ勇者の首でも手土産にしたかったのに。まあいいか」

ミミック、と呼んだ。
塔の、物置になっていたところが今回の待機場所だった。
ガシャン、ガシャンと跳びはねるように自律した箱が近づいて、彼のところへ鎮座する。
「王の剣よ、我がもとに来たれ」
呼び声に従い、ぐっぱりと大きく開く口。
そこには紫色のおぞましい肉塊から生える異形な大剣の柄があった。それを躊躇なく掴んで引き抜いた。
びちゃびちゃと紫色の液体が弾け飛び、壁や床からは急速に溶解する酸性の音がする。
匂いも、獣臭い。男女の仲のように、その中で嘘を隠すような嘘を認めたように。

「ククク。ごらん、最上階で。君の守りたかった仲間との絆、これから切り刻んじゃうからね〜」
姫は何か重いモノを吐き出すように唇を噛んだ。

(それ、魔王様の剣なのに……。それに何やってたんだろ)

ミミックには繁殖能力はなく、よって肉欲という生物的欲求も分からなかった。無性なのである。
気持ちの良い汗をかいていることはたしかだ。それだけは分かった。分かった気がした。

魔族の元王子は囚われの姫の塔から飛び降りた。
一人で。風斬り音とけたたましい人間の雄たけびが混じっている。不快だ。不快だが、心地よい。
スカイダイビングをする時の浮遊感と落下スピードが心地よい。心地よい。
数秒後に衝撃波とともに着地した。地面に落ちたひび割れた大地。彼のもとへ向かう大軍に目をかけた。それで、大剣を持ち上げる。

「魔王様と、オレの邪魔をするな!」

薙ぐ。
夜の一部がざわめき立ち、そして突風が吹き荒れる。

2/17/2025, 3:33:31 PM